Another Abes' room (エッセイ) パチ依存症克服

パチンコ・パチスロ依存症を克服した先に待っている事

投稿日:2018年2月5日 更新日:

パチンコ・パチスロ依存症を克服する為に日々禁パチしたり、借金を返すために金銭管理が出来るよう努力したり、自助グループや施設等に通ったり、SNSなどで日々の記録を投稿したり、精神的な事を乗り越えたり・・・と日々克服のためにすすんでいると思います。

一度パチンコ・パチスロ依存症は性格や意志の強さ弱さではなく病気ですが、残念ながら完治はしません。あくまでも自分の力で「克服」しないといけないのです。

わかってらっしゃるとは思いますが克服する為に重要な事の一つはパチンコ・パチスロを打たないことです。そして多くのパチンコ・パチスロ依存症の方がそうだと思いますがパチンコ・パチスロで作った借金を解決し、お金に対して不安のない生活を送ることです。

ただ私は自身の経験をふまえて言うとパチンコ・パチスロを打たなくても大丈夫な状態になる、借金を解決するだけでは克服とはいえないと感じます。

克服ってなに?

私自身は2度、パチンコ・パチスロ依存症で苦しみましたが1度目の時は自身が依存症だと気付いていません。

パチンコ・パチスロで借金など散々苦しみましたが、1度、約3年弱パチンコから遠ざかっていました。しかし自らパチンコ依存症だと受け止めそれを克服しようとパチンコを打たなかったのではなく、様々な要因で状況的に「打てなかった」だけです。

その時はパチンコ・パチスロ依存症がまだ世間的にもあまり認知されておらず、もちろん自分自身もわかってはいませんでした。

そのような状況で、たいしたケアもせず、何も考えず、状況的に「打てなくなった」だけの私は借金も解決し終わり、日々生活していました。

最初の頃は「打ちたい」衝動にはかられていましたが、仕事の関係上、自分の時間がほとんど無く毎日夜遅くまで仕事をし、休みはほとんど無く月に一度か二度の休日は家で寝ているだけの生活だったのです。

仕事も忙しく遊ぶ事もほとんどしていなかった為、安い給料ではありましたが借金に悩んだりすることはなくまともな生活を送れるようになっていました。

パチンコ・パチスロ依存症が原因でお金の事で苦しい思いをしたり恐怖を感じたりパチンコ・パチスロを打っている時の興奮や楽しさのような充実感を感じずに生きていました。

「負けたら食べられない」「勝たないと支払いができない」など死や人生の終わりを意識していた時の方が、良い悪いは別にして充実していたと感じるのは皮肉なものです。

そんな私がスリップし改めてパチンコ・パチスロ依存症で苦しむことになるのは必然だったのかもしれません。

苦しさの中で気付いた事

普段自分の時間も持てず休日もほとんど無い生活をしていましたが、さすがに身体も精神も耐えられなくなっていました。

そして仕事を変えました。

その会社は以前のように残業時間も多く無く、休日もしっかりあるため、時間にも気持ちにも余裕ができると思ったのです。

しかし時間や気持ちには余裕が出来ましたが、そのぽっかりと空いた時間と気持ちをどうしてよいかわからず、ただただ通り過ぎるように毎日を過ごしていて別の意味で生きている実感がわきませんでした。

そんな中、ある日車を運転中トイレを借りるためにパチンコ屋に立ち寄ります。

約3年ぶりのパチンコ屋です。

この時、久しぶりに目の当たりにするパチンコ・パチスロ台を見ても正直何も感じませんでした。

しかし、パチンコ・パチスロ依存症は恐ろしいものです。

トイレから出た私は車には戻らず、気がつくと一万円札をサンドに投入していました。

この時2,000円で当りを引き、4万円勝ってしまいます。

私が改めてパチンコ・パチスロ依存症で苦しむのに時間はかかりませんでした。

2度目の依存症発症の時、1度目の時に作った消費者金融などの借金は弁護士に介入して頂き、闇金融などの非合法の借金は主に警察に介入して頂き解決しため消費者金融やカードローンが使えず一度目の時のように借金をして打つことがほとんど出来ませんでした。(詳しい内容に関しては今後のネタバレになるので控えます。⇒パチ依存症をこじらせて闇金から借金してた頃の話

みなさんおわかりだと思いますがパチンコ・パチスロ依存症の人がどのような状況であれ「打てない」のはとても苦しいものです。

日々の生活にハリが無くなり、お金もなくなり、誰にも理解されず生きていくための希望も持てなくなっていましたが、それでもパチンコ・パチスロを打つことを止める事は出来ませんでした。

丁度この頃は、低貸しのパチンコ・パチスロもあったので1,000円でも打ちにいってました。勝ち負けやレート関係なくとにかく台に向かい演出やギミックに一喜一憂することが全てです。

とはいえこんな状態で負けることがほとんどでした。低貸しとはいえ負けが続けば打つことが出来なくなります。

1度目の時は借金してでも打つことができたため、負け続けても打つことさえできればとりあえずの精神的な安定は図れていましたが、二度目の時はそれもままなりません。もし「精神的苦しさ」を数値化する事が出来るのであれば1度目の倍の数値はたたき出したと思います。

負けた時「もうパチンコをやめよう」と思うのですが、次の日になるとその決意は吹き飛んでいます。給料日になれば4円パチンコ20円スロットを打ち、負けてお金がなくなると低貸しを打つというのを繰り返していました。そしてその度にパチンコ・パチスロを止められない自分は意志が「弱い」からだと思い自分を責め苦しんでいました。

今のように「ギャンブル依存症」「パチンコ・パチスロ依存症」が世の中に認知されておらず、情報も無かった為どうしていいかわからなかったのです。

ただ「この苦しみをどうにかしよう」「自分が思う自分でいたい」という意志だけは持ち続けていました。

 

そんな中、ある事をきっかけに(この時の事はながーくなるので今後また別の記事にしようかなと思ってます。)今ある苦しみをどうしたらよいか、自分が思う自分でいるにはどうしたらよいか、その得体が解らない何かと向き合う決意をします。

この時私は自助グループや専門の方などの団体や施設に関しては行きませんでした。あえて行かなかったというよりもまだまだ絶対数が少なく知らなかったというだけです。

そうしてありとあらゆる書籍を読んで知識をつけたり自分の思考や行動パターンを徹底的に調べたり分析したりしました。

そうして自分がパチンコ・パチスロ依存症だということにたどりつきます。

パチンコ・パチスロ依存症は完治しないという事実に愕然としましたが、克服する事は可能だという事もわかりました。

あとは克服するだけです。

行動、睡眠、人との接し方、食事など自分で自分を管理して少しずつ変えていきました。

正直大変な作業でしたし、辛くもありました。

「面倒だな」と思うこともたくさんありました。

特に自分と向き合うことはとても辛いことです。

わかればわかるほど目を背けたくなりますし、下手をすると自分で自分を傷つけてしまいます。

上手くいっている人や幸せを感じて生きている人は、自分と何が違うのかを比べるとあまりにもの違いに愕然としたりもします。

それでも向き合いました。

克服の為には必要だからです。

そうしている内に気付きました。

より良く生きるためには、幸せに生きるためには「意志」が必要。

パチンコ・パチスロ依存症の人が打たないのはとても辛い事です。

しかし止めなければ借金や生活など、どんどん酷くなるので禁パチを決意すると思います。

それでも打ちたくなります。

あなたは我慢するでしょう。

しかし我慢の先には何もありません。

その時は負けるはずだったお金は残りますが・・・。

パチンコ・パチスロ依存症は完治する病気ではありません。

そして、その我慢はまたやってきます。

あなたは我慢するために生きているのでしょうか?

違うはずです。

「より良く生きる為」「自分が自分である為」だと思います。

「より良く生きる為」「自分が自分である為」という意志の為に禁パチという手段が必要ということです。

まとめ

パチンコ・パチスロ依存症になってしまったのはある意味不幸かもしれません。家族やパートナーがパチンコ・パチスロになり様々な問題を抱えてしまった時も同じです。

しかし、しっかりと向き合い、自分であろうと考えたり幸せに生きようと考えたりする「意志」があれば自ずと希望は見えてきます。パチンコ・パチスロを止める事が出来ても、そこに意志が無ければまた同じように様々な事で苦しまなければなりません。

残念ながら世の中はこういうことで溢れています。

例えば職場でもそうかもしれません。

合わない人間関係に合わせる為に自分を誤魔化し我慢します。

上司のパワハラやモラハラも我慢します。

そうすれば人間関係はうまくいくかもしれませんがあなたは我慢し続けなければなりません。

そこに「自分」という意志があれば我慢せずに器用な方は適当にあしらうなどの手段が使えますし、その集団に属さないようにするという事ができます。もしコミュニケーションが苦手な方は少なくてもどう対処すればよいか考えるでしょう。

他にもLGBTやACやうつ、ADHDなど、だいぶ世間的認知が進んで来たとはいえまだまだ理解はされにくいです。しかしきちんと自分と向き合い理解し、しっかりと意志をもてば少なくても自分に対しても他人に対しても対処したりケアはできます。

「意志」さえ持てば心無い言葉(悪意がある無いに関わらず)や傷つけられるような行動にも心の準備ができると思います。

たしかに集団の中でマイノリティは窮屈な思いをします。だからといって我慢することは無いのです。人は一人では生きてはいけませんが、仮に回りに理解されなくてもSNSなどインターネット上には理解してくれる人は必ずいます。

物理的な距離は遠くてもいつでも意志を確認する事はできるのです。

理解して受け入れてくれる人は必ずいます。

人は一人ひとり違う意志を持っています。

自分の置かれた境遇、環境、状況・・人それぞれ違うように自分が今持っている意志も人それぞれ違うのです。だから、怖がらず我慢せずに生きてほしいなと思います。

あなたはあなた自身です。

「意志」は強い弱いではありません。

「意志」は持つか持たないかです。

もちろんパチンコ・パチスロ依存症も同じです。

「より良く生きる」「自分は自分である」などの意志を持ち、日々生きていれば必ず明るい自分が待っています。

私もパチンコ・パチスロ依存症の時は苦しかったです。

そして向き合い克服する決意をした後の毎日も、辛く苦しい事もありました。

どちらも同じ「苦しみ」です。

しかし同じ苦しみでも違う事がひとつだけあります。

そこに自分の「意志」があるかどうかです。

 

意志を持つことが出来て、依存症克服を改めて決意したら、まずは借金の苦しみをどうにかしましょう。↓

 

ランキング参加中です!応援宜しくお願いします。

↓ ↓
にほんブログ村 メンタルヘルスブログ ギャンブル依存症へ
にほんブログ村

-Another Abes' room (エッセイ), パチ依存症克服

Copyright© パチンコ・パチスロ依存症を自分ひとりで克服する方法 , 2019 All Rights Reserved Powered by STINGER.