闇金を全て返し終わり、そしてミィの部屋に転がりこむことにより、冬の季節で心配だった、車上生活からも抜け出すことができました。
後は、借金をコツコツ返していくだけです。
だけど、私の人間性とパチンコ依存症はとても根深いものでした。
※この物語は半分フィクションですが出てくるエピソードは実際に体験したことです。
いやほとんど実話です。
名前や団体名、組織名等は仮名になってます。
読んでいて気分を害したりする場合がありますのでその辺をご了承の上ご覧下さい。
大粒の雪
昼食を取った後、シートで眠ってしまった私は、目が覚めた私は全身にびっしりと汗をかいていました。
覚えてはいませんが、悪い夢でも見ていたようです。
「ふう・・・。ちょっと寝てしまったな・・・」
午前中、一件も営業に回っていなかった私は、すぐに車を取引先の会社に車を走らせます。
心も体も軽くなっていました。
とりあえずの苦しみはなくなったのです。
喉元過ぎれば・・・。
昨日までの苦しみや重たい心理状態はどこかに消えてなくなっていました。
午後からは、順調に仕事をこなし、会社に戻ります。
事務所に入ると、いつもは最初に気になっていた佐々木さんの席を見ずに、自分の席に向かいました。
席に着き、右側の引き出しを開けると、私のいつも飲んでいる銘柄の缶コーヒーと黄色のふせんが目に入ります。
”おつかれさま”
体の奥にある、何かがうずくのを感じます。
携帯電話を開き、メール画面を開きましたが、すぐに閉じてしまいました。
さすがの私も、ミィを裏切る気にはなれません。
私の苦しみを消してくれたのは彼女です。
前日に、久々にミィと体を合わせたこともあり、よけいに佐々木さんを誘う気になれません。
終了業務をこなしながら、何となく周りを見ると、コピーをとっている佐々木さんが目に入ってきます。
意識せずとも、佐々木さんの体が頭を駆け巡ってきます。
吸い付くような、湿った肌の感触や、派手とは言えないブラジャーを外した時に現れる、象徴的な乳房が頭によぎりました。
「胸が大きいと可愛い下着が中々見つからない。やっと可愛いと思ったブラを見つけても大抵、DカップかEカップまでしかない」と言っていたのを思いだします。
一瞬、攻撃本能に火がつきそうになり改めて携帯電話を開きますが、なんとか閉じることができました。
それに今日はバイト。
誘うことは不可能です。
心のどこかにヨコシマな気持ちを残しながらタイムカードを押し、会社を出ます。
車に乗り込むとあることを思い出します。
「あ、ヤバっ駐車場契約しなきゃ」
ミィの部屋から少し離れた場所にある駐車場には”空きあり”の看板が出ていたはずです。
駐車料金は、月1万円。
痛い出費ですが、しかたありません。
バイトの給料も考えると、まぁ何とかなるでしょう。
月極駐車場の前に着き、書いてある電話番号をダイヤルします。
電話をかけると個人宅でした。
自宅前にある土地を駐車場として貸してるようです。
管理会社にも頼んでないようでした。
それであればとすぐに、自宅に訪問し契約したいことを告げると契約書を渡されます。
優しそうな初老の男性を見ると、真っ当に生きてきてきた感じがして、急に自分が恥ずかしくなりました。
事情を話すと、すぐに書類を持ってきてくれるなら今日から駐車して良いとのことです。
「では、3番に停めてくださいな。支払いは5日までにお願いしますね」
「はい。わかりました。なんだか急なのに申し訳ありません。ありがとうございます」
言われた通りに「3」と手書きで書いてある場所に停め、部屋に戻ります。
なんんだかツイている気がしました。
流れが良い気がします。
一つずつ何かをこなし、胸につかえていたものがスーッとなくなっている気がしました。
保証料と、今月分の駐車料金を払ったため財布の中身は減りましたが、今までのように追い込まれるような不安な気持ちにはならなかったのです。
むしろ、今月分は日割りにしてくれたことをラッキーと思いました。
30メートルほど歩いて部屋に戻ります。
ミィがいないミィの部屋は、なんだか変な感じがしました。
冷蔵庫を開け、おかずを温めなおして一人で夕食をとります。
一人でも、ミィの残り香のする場所でとる夕食は悪くありません。
スーパーで惣菜コーナーをうろつき、半額の弁当を物色する必要も、もうおそらくないでしょう。
バイトに行くために、着替えを済ませると鞄を開け、缶コーヒーを取り出します。
部屋を出て、契約したばかりの駐車場に向かうと、雪が降っています。
缶に付いている、黄色の付箋を道路脇に向かって指ではじくと真っ白に積もった雪の上に乗り、降り注ぐ大粒の雪で隠れて見えなくなりました。
同時に頭に残っている不埒な気持ちも忘れています。
春になり、雪が溶け泥にまみれたその付箋をもし見つけても、思い出すことはないでしょう。
震え
バイト先に着くと、いつものイヤな感じが沸いてきました。
どんなに闇金の不安がなくなっても、また腐敗した油の臭いにまみれることを考えると憂鬱になります。
また、2回休んでしまったため、週払いの給料が5千円だったのも憂鬱な気持ちに拍車をかけました。
作業着に着替え、車に向かうと関口がいつも通りに準備をしています。
「よおぉ、久しぶりじゃなねぇか」
「は、はい、休んでしまってすいません・・・・」
視線をあわせずに、謝る私に怒っている様子もなく、関口は準備をすすめています。
私は不思議でした、きっと自分だったら2回も連続で休まれたら、嫌味の一つでも言っていたかもしれません。
しかし、関口はいつもと変わる様子がありませんでした。
それは、行きの車のなかでも変わることはなく、いつものように下らない話に終始します。
関口にとって、他人はどうでもよいのです。
自分が干渉できないことには、あまり感情を動かさず、目の前にあることを淡々とこなす。
関口はそんな男です。
他のバイトには、好かれていませんでしたが、私は少し羨ましくもありました。
また、関口が私に対してムカついていないことに安心しました。
いつも通りにこなし、バイトが終わると急いで着替えを済ませ、車に乗り込みます。
そして、今までとは逆の方向に車を走らせました。
もう、バイト終わりに朝風呂に向かう必要はないのです。
帰る場所がある。
それだけでいつもより体の疲れは少ない気がします。
雪は降っていませんが、路面にはコンクリートではなく、氷や雪が張っていました。
部屋に戻ると、ミィは寝ています。
起こさないようにそっと、給湯器のスイッチをいれ、蛇口をひねりました。
ドアを開けた時に少し大きな音がして、ドキッとします。
起こしたかと思い、ベッドの方を見ましたが、スヤスヤと寝ているようで安心しました。
シャワーの水の温度が上がり、風呂場が温まると頭からシャワーを浴び、急いでミィの香りのするシャンプーのポンプを数回押します。
髪を洗い、ボディシャンプーの泡が全身を覆うと少しずつ、安心感が全身に染み渡るようでした。
ミィを起こさないために、洗面所ではなく、そのまま風呂場でに歯を磨いた後、すぐに体を拭き、着替えてベッドに向かいます。
狭いシングルサイズのベッドの壁際に寄って、私が布団に潜り込めるスペースを開けて寝息を立てる彼女がとても愛おしく感じました。
「ムニャ、むにゃ・・・。まさくん。おつかれさま」
「あ、ご、ごめん、起こした?」
彼女は返事はせずに寝ぼけながら、こちらを見た後、すぐに眠りに入ります。
布団に入り、寝返りを打つ彼女にそっとキスをした後、私もすぐに眠りに入りました。
もうこのまま、苦しいことや辛いことなんてない気がします。
右肩に感じる彼女の体温が、ゆっくりと全身を包むと安心感で満たされる感じがしました。
そこには闇金の苦しさもパチンコ・パチスロで負けた時の虚無感も入り込む余地はないでしょう。
朝、目が覚めるとストッキングに足を通している最中のミィが見えます。
彼女は見られていることに気付いていません。
「ミィ、おはよう」
「あ、あ、まさくん、おはよ・・・ていうか、見ないでよ!」
「ごめんごめん、でもしょうがないじゃん。目にはいっちゃうよ」
「だって!・・・。あたし、おしり太ったかも・・・」
「だいじょうぶだよ・・・。あ、ありがとう。闇金全て完済してきたから。もう、これで大丈夫。」
「そっか。わかったわよ。よかったね」
「うん。それと、駐車場契約してきたから。車も大丈夫だよ」
「えーっ。早っ!どこ?あの近くのところ空いてたの?」
「うん。丁度、空いてた。しかも、管理会社とかじゃないから、直接契約してきた。貸主さんすぐ近くに住んでたから、ラッキーだったよ。しかも今月分、日割りにしてくれたし」
「マジっ!良かったじゃん!」
「うん」
「それより、早く着替えて用意しなきゃ、間に合わないよ!続きは帰ってきてからゆっくり。まさくん今日は、遅いの?」
「いや、普通に終わるかな。終わったらメールするよ」
「わかった。私もたぶん残業ないから」
数日前に、闇金の返済金を賭け、パチンコ・パチスロに無謀な勝負を挑み、いつも通りに負け、そして追い込みをかけられ、闇金の男の部屋に軟禁され、身の危険にさらされていた状態とは、まるで違う風景がそこにはありました。
この時私は、たしかな幸せを感じたのです。
パチンコ・パチスロを打つことと引き換えに、この状況を手放すことは絶対にやめようと誓います。
何度誓ったか、覚えていませんが今度こそやめられる気がしました。
「お昼、おにぎり作ったから、忘れないで鞄にいれてね」
せわしない朝の時間も、幸せに感じました。
心の中にある、真っ黒く重たいモヤが晴れている風景が頭の中に広がっています。
目をつぶりその風景を噛みしめるように感じていました。
その軽やかな風景を見渡すと、遠くに見えるところにモヤがかかっているのが見え、モヤの隙間から悪魔のような目が、じっとこちらを見つめています。
ビックリした私は、すぐにその場所を見ないように目をそむけました。
得体の知れない恐怖を感じると、指先が冷たく震えるのを感じます。
「まさくん、大丈夫?顔色悪いわよ・・・?」
「だ、大丈夫だよ。バイトの疲れと寝不足だから、今日早めに寝たら大丈夫」
「そっか、ムリしないでよ」
まだ、握ったばかりで暖かいおにぎりを冷たくなった指先で掴むと、少しずつ震えが止まってくるのがわかりました。
100話終了です。
どんなに幸せを感じても、どんなにミィの優しさに包み込まれても、この頃の私は心のどこかで恐怖を感じていました。
いつも何かに支配されている感じです。そのほとんどがパチンコ・パチスロでしたし、不必要なプライドやあきらめに似たアイデンティティでした。
人間性や性格など色々ありますが、やはり一番はパチンコ・パチスロでしょう。
それは、とても根強く、確実に私を壊していきました。
そして、もっと粉々に砕いてしまったのは、彼女の愛です。
もう少し続きます。
101話↓
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