闇金を完済し、駐車場もすぐに契約できました。ミィとの生活とこれから訪れるであろう、”まともな自分”の生活を予感しながら幸せを感じていました。このまま決意した通りに毎日をすごしていれば私は、苦しまずにすんだでしょう。
そして、今。
後悔はしていないでしょう。
※この物語は半分フィクションですが出てくるエピソードは実際に体験したことです。
いやほとんど実話です。
名前や団体名、組織名等は仮名になってます。
読んでいて気分を害したりする場合がありますのでその辺をご了承の上ご覧下さい。
刺客
ミィを会社近くまで送り、自分も会社に向かいます。
「おはようございまーす」
早めに着いてしまうため、返事はまばらでした。
見渡すとまだ、2人しか、来ていないようです。
今までとは、違いじっくりと営業の準備をします。
ここ最近を考えると、ほとんど見込み客らしい取引先がありませんでした。
しかし、ほとんどの心配がなくなった今、仕事に集中できます。
きっと自分なら挽回できる。
そう思いました。
いつもより、念入りに準備をしていると、佐々木さんが出社してきました。
「おはようございます」
上半身はカーディガンを羽織っていますが、下半身はタイトなスカートのため体のラインを想像させます。
タイムカードを押している、緩やかな曲線を描くその後姿を見て一瞬、集中力が途切れました。
こちらを振り返ると席に向かって歩いて行きます。
側を通るときに一瞬こちらを見て、軽く微笑んでいきました。
会社では、できるだけ視線を合わさずにいましたが、まだほとんどの人が出社していないのもあり、目で何かを訴えてきているようでした。
私は今後、佐々木さんとの関係をどうしたらよいかわからなくなっています。
ミィと同棲を始めた手前、佐々木さんとの関係を続けることは難しいと思っていました。
女性の勘の鋭さをあなどってはいけません。
もし、ミィに疑われた時にウソを突き通す自信がありませんでした。
借金の時のウソは平気なのに・・・。
準備がおわり事務所を出て、車に乗り込みます。
今日はいつもより3割増しの件数を訪問しようと意気込んでいました。
成績を上げるためには、数をこなすことも大切です。
車に乗り込みエンジンをかけると携帯電話が鳴りました。
見ると、知らない電話番号です。
市外局番は”03”でした
何も考えずに電話にでます。
「はい、もしもし、あべです」
「あ、お忙しいところすいません。こちら”キャッシングのフラッシュ”といいます」
一瞬、ドキリとしました。
まず、間違いなく”闇金”です。
普通の消費者金融は私に営業電話はかけてこないでしょう。
私の借りている消費者金融は、全て貸出はストップされています。今は返済のみです。
当然、他の消費者金融も情報は見ているでしょうから、私には貸さないはずです。
「はい・・・。何か・・・?」
「あ、申し訳ありません。当社、キャッシングの会社でして只今、新規キャンペーン中ということもあって無造作にお電話をかけております。失礼ですがあべ様は、只今ご入用ではないですか?」
この頃全国に、闇金は無数にありました。
そして、一度でも闇金からお金を借りると、完済しても瞬く間にそのリストは、他の闇金の手に渡っていました。
闇金からすれば「カモリスト」です。
聞くところによると、このようなリストは、闇金間で高値で取引されていたようです。
闇金は、とてつもない高金利です、
この頃の闇金は10日で5割が普通でした。
中には、3割や4割のところも数少ないながらも存在していましたが、ほとんどが10日で5割です。
普通で考えると、このような金利でお金を借りる人はいません。
消費者金融の金利も十分高いのに、さらに高い、高金利です。
闇金も借り手がいないと、商売にならないために、どんな事情であれ一回でも闇金から借りるような人間が載っているリストは、闇金にとっては大事な打ち出の小槌ということになります。
「い、いえ大丈夫です・・・」
「あ、そうですか!それでは、今後お困りのことがございましたらご相談にのりますので、このお電話番号にご連絡下さい」
「・・・」
ほんの数日前まで、毎日感じていた、苦しさがフラッシュバックします。
成績を挽回しようと、上げていたモチベーションが一気に下がるのがわかりました。
「ちきしょう・・・。何がご相談にのりますだ!めちゃめちゃ苦しめるクセに!!」
せっかくのモチベーションを邪魔されたようで、イラ立ってきました。
「もう、絶対に闇金には手はださんっ!!」
そう頭のなかでつぶやくと、アクセルを踏み一気に車を走らせました。
刺客2
意気込んで準備をしたまではよかったですが、営業の訪問件数はいつもと変わりませんでした。
昼近くになり、最後に訪問した会社の近くにある大型のスーパーの駐車場に車を停め昼食を取ることにします。
朝、温かったミィのおにぎりは、すでに冷えていました。
午前中は上手くいきませんでしたが午後からはなんとか取り替えそうと考えます。
デキる男は結果を残さなければいけません。
アルミホイルから”かつお”と書かれている付箋を外し、おにぎりを一口頬張ると、少し落ち着きを取り戻します。
二口めを食べると、具は梅干でした。
「まじか!ミィ、まちがってるじゃん(笑)」
なんだか微笑ましくて笑えてきます。
たまにやるこの間違いも、懐かしくて温かくて嬉しくなりました。
こんな些細なことにも幸せを感じます。
私はこれを失いたくないと思いました。
と、同時に「失うかもしれない・・・」と頭に浮かび怖くなります。
闇金の恐怖がなくなっても、新たな恐怖は生まれるのです。
何とか失う怖さを振り払おうとしますが、私の奥にピタリと張り付いてはがれません。
私はどうしようもなくなって、意識してミィのことを考えないようにしました。
午後からの営業先リストに目を通しながら、タバコを吹かしていると急に朝の佐々木さんのことを思い出します。
「そういえば、佐々木さんといつ会ったっけ・・・」
私は、佐々木さんにもう会わないことを告げるべきか悩みました。
それとも、もう誘わなければ自然消滅するかもしれません。
でもそれは、佐々木さんに対して失礼な気がしました。
何だか申し訳ない気がします。
しっかりと、大切な女性と同棲をはじめたから、もう会わないと言うべきかと考えます。
いや、もしかするとこういう時には、適当な理由で「会わない」と言うべきかもしれません。
自分以外に”大切な女性”がいる。
佐々木さんが私に対してどういう気持ちなのかは、わかりませんが、そう言われれば少なからずショックは受けるでしょう。
もしかすると悲しむかもしれません。
きっとデキる男は、むやみに女性を悲しませたりしないでしょう。
と、ここまで考えたのは半分ホントで半分ウソです。
単に佐々木さんとの体の関係を失うことが惜しいと思いました。
この先、女性とこれ以上の濃密に体を合わせることは一生ないと思いましたし、これ以上の攻撃本能を刺激してくる体には出会えないと思います。
「そういえば、ネコのタトゥーは傷んでいないだろうか・・・・」
そう考えると、頭の中が佐々木さんの白くしっとりと湿った太ももでいっぱいになりました。
午後の営業を終え、会社に戻ります。
無意識に佐々木さんの席に目をやるとすでに退社しているようでした。
早上がりかもしれませんし、もしかすると子供が急に熱でもだしたのかもしれません。
引き出しを開けると、ピンクの付箋付きの缶コーヒーが目に入ります。
”おつかれさま。おさきにっ!”
付箋を丸め、引き出しに入れた後、缶コーヒーのプルタブを引きます。
2口めを飲んだ時を机の上に置いた携帯電話が震え、メール受信のランプが光りました。
携帯電話を開くと、ミィからのメール着信です。
「まさくん。おつかれさま。私あと30分くらいで終わりそう。まさくんはどぉ?」
私はすぐに返信をします。
「おつかれさま。もう終わるから、いつものところで待ってるよ」
「はーい。りょーかーい!」
業務を終え、タイムカードを押し、駐車場に向かって歩きます。
大粒の雪と強い風で、あっというまに全身雪まみれになってしまいました。
「すげぇな、雪・・・」
車に乗り込む前に、雪を落としていると携帯電話が鳴ります。
「あれ?、ミィ、残業になっちゃったかな?」
まだ、雪を落としきる前に車に乗り込み携帯電話を開くとメールではなく、着信でした。
番号を見ると、知らない電話番号、市外局番は”03”。
「はい、もしもしあべです・・・。」
「あ、もしもし、こちら、フリーローンのフォーカスと申します。只今、無造作にお電話しておりまして、キャッシングのご相談をお伺いしております。あべ様、なにかお困りなことはないですか?」
「いえ、大丈夫です」
「そうですか。それではいつでもこの番号でご相談受けたまわりますので、お気軽にお電話下さい」
「はい・・・」
電話を切り、ルームミラーを見ると頭にはたくさんの雪が積もっています。
このまま雪を落とすと車内が濡れてしまうので仕方なく、ドアを開け頭の雪を落としました。
「くそっ、また、闇金かよっ!!もういらないつーの」
苛立つのを押さえながら車をミィの会社に向けて走らせます。
もう、闇金は必要ないでしょう。
少なくともこの時の私は、そう思っていました。
パチンコ・パチスロに行かずに、ミィと一緒に暮らしていければこのまま何事もなく幸せな日々を送れるはずです。
しかし、私は自分のことをわかっていませんでした。
今まで散々、自分と向き合うことを避けてきたのです。
ミィのおかげで苦しみから抜け出すことが出来て、状況が変わったというだけです。
私自身は、なにも変わっていませんでした。
101話終了です。
以前も、書きましたが一度でも、闇金に手を出すと、そのリストは多くの闇金の手に渡っていました。
簡単にいえば、どんなに悪条件でもお金を借りるには、闇金しかない人リストです。消費者金融も借りられない人は、暴利とわかっても藁をも掴む思いで闇金に手をだします。
現金がほしい時、目の前にお金をチラつかせられたら、冷静さを失うでしょう。
そのようにして、社会問題になるほど多くの人が苦しんでいたのです。
私もそのうちの一人でした。
もう少し続きます。
102話↓
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