まずは未納の携帯電話代を支払うため、改めて闇金から借金をした私に次なる悲劇が襲います。それは住んでいるアパートの管理会社からの未納の家賃の督促でした。管理会社に連絡してみると支払いが無い場合強制退去をすることを告げられます。しかも2週間以内に入金が無い場合は鍵を交換する旨も告げられます。絶体絶命のピンチに私はどのような行動をとるのでしょうか。
※この物語は半分フィクションですが出てくるエピソードは実際に体験したことです。
いやほとんど実話です。
名前や団体名、組織名等は仮名になってます。
読んでいて気分を害したりする場合がありますのでその辺をご了承の上ご覧下さい。
月光
仕事が終わった後、ミィにメールを打ちます。
「こっち終わった。まだかかる?」
考えてみれば「なにたべたい?」というメールに返信していませんでした。
「ごめん、まさくん。もう少しかかる」
「わかったよ。コンビニの前で待ってる」
私はミィの会社の近くのコンビニで車を停めて待っていることにしました。
待っている間も家賃のことが頭から離れません。どうにかして未納分の家賃2ヶ月分の8万円を入金しなければ私の生活は奪われてしまいます。そんな私をミィはきっと受け入れてくれないでしょう。
それにもし鍵を交換され部屋に入ることができなくなれば、風呂に入ることも、食事をすることも、着替えることもできません。仕事をすることもままならなくなります。
「まさくん!ごめん!まった?」
そんな沈んだ気分をよそに変わらない笑みでミィが車に乗り込みました。
「大丈夫だよ」
「ねぇご飯どうする?まさくんメール返してくれなかったじゃない」
「あ、ごめん・・・。忙しかったんだ」
「今日はちょっとつかれちゃった。なにか食べてから帰ろうよ」
「う、うん」
いちおう財布の中には約2万円が入っています。が、このお金は闇金から借りたお金です。しかも家賃を何とかしないといけない状況のなか、少しでもお金を減らしたくない気持ちにもなっています。
「どうしたの?」
「なんでもないよ」
私はそんな自分を悟られないよう必死でとりつくろいました。
「なに?まさくん得意のハンバーグ?笑」
「なんだよ笑」
彼女の屈託のない笑顔に一瞬全ての不安がなくなりました。しかしそのすぐ後に、余計に私の気持ちは沈んでいきます。もしかすると2週間後にはこの状況を失ってしまうかもしれません。
「じゃぁファミレスいこうよ」
「うん、そうだな」
ファミレスに入っても彼女はいつものままです。そんな当たり前の光景に少しだけ安心している自分がいましたが、失ってしまう恐怖をコントロールするのはできませんでした。
「わたしドリアセットにする。まさくんは?」
「あ、俺チキングリルにする」
恐怖に支配された自分には選択権などありません。メニューの中で一番安いものを無意識で選んでいました。私が本当に食べたかったのは。カットステーキハンバーグセットです。
「?まさくん、ハンバーグじゃないの?」
「きょ、今日は、いいかな・・・」
「そう・・・」
彼女は何かを察していましたが、いつもと変わらない笑顔で話しています。会社でのこと、友人のこと、私が出張中一人で見た海外ドラマの面白さ。
私は自分が抱えている状況を全て話したくなりました。全て打ち明けて受け止めてほしくなります。しかしその勇気はありません。私は勝手に彼女の立場を想像し、全てを受け止めることなど出来ないと考えました。
それであればなんとか一人で抱え、解決しようと決心します。だけど私は気付いています。私が抱えている問題を話すことができないのは、彼女のことを考えてではありません。こんな私に唯一残る希望の光、優しさ、楽しさ、愛しさ・・・。それらを自分の中から失いたくなかっただけです。
店を出た後、ミィは手を繋いできました。楽しそうにはしていましたが、繋いだ手から彼女の不安が伝わってきます。
彼女は私が発する恐怖や不安を受け止め、それを必死に耐えようとしていました。何かあるのに何も言わない私に何も言えず、ただ耐えるしか、なす術がなかったのです。
「外、歩くと気持ちいいね」
「うん、そうだな」
月明かりと星の光がとても綺麗です。車に乗り込む前に繋いだ手を離す時、一瞬彼女の表情がそれまでの笑顔から不安な表情になるのを私は見逃しませんでした。
車に乗り込み発進させる前に、今度は私が彼女の手を強く握ります。彼女は弱々しく握りかえしてきました。
そんな彼女の手から彼女の心の声が伝わってきます。
(ねぇ、まさくん。なにかあるなら話してよ。わたしなら大丈夫。まさくんが考えているようなことにはならないよ。なにもわからないから不安じゃない。こんなのいやよ・・・。)
アパートに帰る道中、二人は一言も話しませんでした。
近くにミィがいるのに孤独を感じます。
全ては私のせいでした。
私が考えていたのはミィへの気持ちではなく、自分のことばかりでした。奪われる恐怖、失う恐怖。
自分で抱えきれない恐怖を何とかしたくて必死でとりつくるのが精一杯です。
そしてギリギリのなか、ひとつのことを思い出します。
「そういえばミィに3万円返さなきゃいけないんだった・・・」
希望と幻想
アパートのドアを開けると数枚のチラシの中に、いくつかの封筒が目に入ります。おそらくなにかの督促でしょう。部屋に入るとそれを確認せずに急いでクローゼットの中に放り込みました。
ミィと自分に流れる微妙な空気。お互いもっと寄り添いたいのに、何かが邪魔して踏み込むことができません。
全ての原因は私が作っていました。ミィはそれが何かわからず、とまどっているだけでした。
耐え切れなくなった私は自分から言葉を発します。
「あのさ・・・」
「うん」
「ミィが財布に入れてくれた3万円」
「うん」
「ちょっと今月、色々厳しくて・・・」
「うん、いいよ。今月じゃなくても」
「あ、うん。すまん」
「うん」
彼女の表情を一瞬見ると曇ったままでした。いつもの明るい表情ではありません。きっとそれはお金を返さなかったことでそうなっているのではなく、不安を解消できずその正体がわからずとまどっている表情です。私は勝手に彼女のその表情をお金を返さないことで暗く沈んでいると解釈しています。
私は彼女を見るフィルターを自ら曇らせ、彼女の気持ちを感じてあげることが出来なくなっていました。
朝起きると彼女はすでに着替えを済ませキッチンに立っています。表情はいつもの彼女に戻っていました。それを見て少しだけ安心します。
「お!やっと起きた。早く用意しなきゃ」
「うん・・・」
いつもの風景です。日常がこんなに安心できることに思わず感謝します。しかし同時にこれを失う恐怖が沸いてきました。
「おにぎり作っておいたよ」
「あ、ありがとう」
「今週は忙しいから来週来るからね」
「うん、わかった」
「ちゃんと食べなきゃダメよ」
一瞬、このまま彼女に会えなくなるような気がしてゾッとします。思わずキッチンに立つ彼女を抱きしめていました。
「どしたどした!まさくん!」
「いや、なんとなく・・・」
「もう、じゃまじゃま笑。はやくシャワー浴びてきなさい」
「はい・・・」
いつもの二人の風景ですが、二人の間にある距離は縮まらないまま。その壁を無意識に作っていたのは間違いなく私です。
営業に出た私はいつも通りに会社を訪問していました。残業までして計画したルートは無視しています。不安は少しなくなっていましたが、やる気は全くでません。
どう考えても家賃は払えないのです。一瞬闇金が頭をよぎりましたが、以前と同じく3万円ずつ借りても合計6万円。手持ちのお金を合わせても足りませんでした。それに返済のことを考えると躊躇してしまいます。それに昨日借りに行ったところはおそらく借りることができないでしょう。
昼近くになりコンビニに立ち寄りました。
「今日はミィがおにぎり作ってくれたからお茶だけでいいな」
お茶を買って車に戻ると、おにぎりが包まれたハンカチを開きます。そこには一枚のメモ紙が入っていました。
”まさくん大好きよ。おにぎり少し大きくしておいた笑。忙しくてもちゃんと食べなきゃよ”
一口頬張るたびに胸が締め付けられる思いがしました。お金が用意出来なければ、部屋の鍵を交換され、まともな生活を奪われます。電気・ガス・水道も未納のため、このまま払えなければ近いうちにストップするはずです。
ミィの優しさを体に取り込むたびに、恐怖が生まれてくる。恐怖という小さな点がおにぎりを一口食べるごとに大きく増幅しそれがどんどん体を侵食していきます。
もう私の精神状態はまともではありませんでした。
夕方近くになりその日の営業を終えた私は、会社に戻ります。いつもより早く戻ってきた為、他の営業の人は戻ってきて来ていません。洋平も戻っていないようでした。
剣崎課長が私の元に近づいてきます。
「あべくん、今月どうかね・・・」
「あ、大丈夫です。先月の出張先の見込み客もありますし」
「そうか」
「先方に連絡とりつつ、いけるようでしたら今月中に獲得につなげます」
「そうかそうか頼むよ」
「わかりました」
そう答えましたが、上の空でした。今私を支配しているのは恐怖です。これをどうにかしたくてたまりませんでした。少しずつ会社に戻ってきた営業の人を横目に席を立ちます。
「お先に失礼します」
その日一番に退勤します。車に乗り込み大きく息を吐き出しキーを回しました。相変わらず生まれた恐怖は体に張り付いたままです。
無意識のまま車を走らせます。まだ落ちきっていない夕日も、まばらに光るビルやマンションの窓の明かりも、楽しそうに歩くカップルの姿も、幸せそうな老夫婦の姿も、今の私の視界の中では全て半透明で実態がありません。
そして車はネオンが光る駐車場にたどり着きます。いつも見慣れている風景。私の恐怖や苦しみから救ってくれる唯一の希望です。
「よし、絶対に勝つ!」
また、私は絶対に負けられない戦いに挑みます。その希望は幻想です。
44話終了です。
パチンコ依存症になると特にお金の面でどうにもたちいかなくなります。そしてお金の面でたちいかなくなるイコール生活が破綻するということです。そうなった時には本当は何とかできる様々な方法があるのですが、そのための知識がなかったり、プライドが邪魔したりで自分で自分を追い込んでしまいます。
そして八方塞りの中、唯一の希望をパチンコ・パチスロに求めます。もちろんその希望は幻想で新たな恐怖となってさらに自分を追い込んでいくのです。パチンコ依存症・パチスロ依存症が求めているのは安心感です。
まだまだ続きます。
45話↓
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