部屋を失う日が刻々と迫る中、冷蔵庫と電子レンジをリサイクル業者に売り7500円を手に入れます。そして食事を取り銭湯へ行き2日ぶりに体を洗うことが出来ました。
久しぶりの爽快感を感じることができましたが、すぐに闇金の支払いが近づいていることに気付き爽快感は影を潜め、改めて不安に支配されていきます。
そんな中気がつくと車を走らせていた私が着いた場所は、ネオンが光るいつもの場所でした・・・。
※この物語は半分フィクションですが出てくるエピソードは実際に体験したことです。
いやほとんど実話です。
名前や団体名、組織名等は仮名になってます。
読んでいて気分を害したりする場合がありますのでその辺をご了承の上ご覧下さい。
同化
ふらふらと車から降り、駐車場からホールの入り口に向かいます。闇金の支払いが迫っています。ジャンプするにしても1万5千円は必要です。しかし手持ちは6千円で、収入のアテが全くない私が考えることは「パチンコで勝って」返済に充てることでした。
もちろん正確いうと、稼ぐ為にはパチンコに行くことがベストといういうことを考えているのではありません。むしろ無謀な勝負で行くべきではないのはわかっているのです。
パチンコ依存症・パチスロ依存症の私が不安を解消する方法には、ホールに向かうことしかありませんでした。そこにしか安心は存在しないかのように。
ホールに入ると客はまばらです。イベントではない日ですので、いつもはいる専業の人もいませんでした。おそらく回収日なのでしょう。データランプを一通りチェックしましたが、ほとんどの台があまり回されていませんでした。
本来であれば打つべき日ではありませんし、ましてや軍資金は6千円です。パチスロであれば、いつも打つストック機のキングパルサーやAT機、ART機は打てません。パチンコも同じく6千円では120回転も回せないでしょう。もちろん運がよければ少ない資金で当りますが、あまりにも無謀な気がしてどちらも手がだせずにいます。
絶対に勝たなければ、闇金の支払いが出来ないのです。そう考えると緊張感が走りました。
普通であれば店の状況を考えて、素直に撤退するのがベストです。しかしパチンコ依存症・パチスロ依存症の私は店に来てから撤退することができません。
私は闇金の支払いができないことに恐怖し、その不安を掻き消す為にパチンコに来ました。撤退すると「不安は解消できなくなる」という思考になるので今ある状況の中で勝とうという思考に陥ってしまうのです。
パチンコ依存症がホールに入店し、台を目にすると自分にとって正しい判断はできません。
どんなに悪い状況でも打つしかなくなります。
店内を一回りしたあと私が座った台は、甘デジでした。いくら正しい判断が出来ないとはいえハイスペック機で勝つには無理があると考え、甘デジで少しでも出玉を増やし、少し余裕が出来たらその後また考えようと思います。甘デジであれば6千円あれば一度は当りを引けるでしょうし、勝つ確率は高いと考えてのことでした。
当然ですがこれも間違っています。あくまでも正解は打たずに撤退することです。
台に座り、財布からお金を出し、サンドにお金を投入する瞬間までなんともいえない感覚に全身が包まれます。
闇金への恐怖、勝てないかもしれない恐怖、大当たりしてそれがとてつもない連チャンをするだろう期待感。
そして追い詰められている私のお金がサンドに入り、パチンコ玉に変わった時、不安は全て吹き飛びます。この瞬間からは恐怖を感じることはありません。大当たりする期待感を胸にパチンコ台に集中することができるのです。
私はおそらくこの瞬間の感覚が好きでした。私を駆け巡る不安や恐怖など得体のしれないネガティブな全てがパッと消えるこの瞬間がたまらない気がしました。
「よしっこのリーチは熱いっ」
投資金額が3000円の時に、期待度が高いリーチになります。図柄は5のテンパイです。今までの自分の実践上このリーチで外したことはありません。
頭の中では、ほぼ当った気でいました。
しかし派手なリーチ演出が終わった後、画面に表示されているのは「545」。少し唖然としましたがまだ復活演出で当る可能性が残っています。
「い、いやっまだ大丈夫!からの~!!」
「・・・」
無情にも台は次の変動を始めました。
そしてこれを機会に、それまで調子よくチャッカーに入り常に保留ランプが満タンの状態になっていた台が急激に回らなくなってきます。リーチも来なくなりました。
この辺りから先ほどまでの期待感が急激に不安に変わってきます。そしてそれは怒りの感情に変換され無意味で根拠の考えになっていきました。
「な、なんで急に回らなくなるんだ!」
「遠隔かよっ!」
「甘デジなのに100回転以上回して当らないのはおかしいじゃねぇか!!」
急激に危機感を感じた私は、残金2千円でその台を離れます。そして2千円でなんとか当りに繋げれそうな台に移動しようと考えました。座った台はハネ物です。こうなると撤退は頭の片隅にもありませんでした。
どうしても勝たなければいけないのです。そのためには少しでもこの少ない金額で当りがひけそうなハネ物に座るしかないと考えました。
ここまできてもパチンコ依存症は止めて店を後にするという選択ができません。出来ないというよりその選択肢はないのです。
回収日でもあるその日は、ハネ物は特に釘がしまっているようでした。全く当る気配なく残金を溶かし私の絶対に勝たなければいけない戦いは終わりました。
呆然としたまま駐車場を歩き、車に乗り込みます。時間にして40分くらいの出来事です。しばらくは状況を飲み込めませんでした。
闇金に返済するお金はありません。もちろんあてもないのです。食費などの生活費もありません。給料日まではまだまだ先の話です。
怒りや不安や恐怖がある地点を過ぎると少しの間、感情がなくなりました。なくなるというよりも、怒りや不安や恐怖と自分が同化した感覚です。
今の自分は喜びや幸福や希望ではなく、不安や不幸、恐怖で出来ています。得体の知れないネガティブな感覚に苦しめられるくらいなら、自分自身がそれに同化するのが最善の術でした。
しかし私は気付いていません。怒りや不安や恐怖と同化することなど出来ないのです。この後、怒りや不安や恐怖に侵食された私は、さらなる苦しみに襲われていくことになります。
想像
自宅に戻り真っ暗な部屋で唖然としています。やらなければいけないことはたくさんありましたが体は動きません。
今日の昼まで冷蔵庫があった場所をじっと見つめます。小さな一人暮らし用の冷蔵庫が無いだけでなんだか自分の部屋ではないような気がしました。
暗闇の中で携帯電話の着信音が鳴りました。何も考えずに携帯電話を開くとミィからのメールです。
「私の荷物、申し訳ないけど今日か明日持ってきてほしい。もし今日持ってきてくれるなら今は自宅にいます。勝って言ってごめんなさい」
私は自分を責めました。こうなったのは全て自分のせいです。自分のだらしない行動と、自分勝手な小さなプライドが彼女を傷つけました。
せめて今の現状を伝え、私がこの決断を下したのは彼女に何の非がないことを伝えるべきです。
一瞬、どうにかウソをつき彼女に助けてもらおうと考えます。しかしその考えはすぐに私の中から消えました。ここまでの状態になっても、このような現状を彼女に知られたくありませんでした。
それは彼女を守りたかったのではなく、自分のプライドを守りたかっただけです。現実を見ずに逃げ出したいだけの気持ちでした。
私はミィにメールを打ちます。
「わかった。これから持っていくよ」
「うん。ごめんね。まってる」
すぐに返ってきた彼女のメールの文章を見た時、急に彼女の気持ちが私の中に入ってきて胸が締め付けられる思いになります。
彼女は訳がわからないでしょう。それまでそんなそぶりもなく仲良く楽しくやってきました。そんな私からしばらく距離を置きたいと言われたのです。しかも理由はわかりません。一応、仕事に集中したいという理由でしたが本当の理由ではないことぐらい彼女は気付いていたはずです。
しかし彼女は、問いただしませんでした。私を受け入れるという彼女の強さかもしれませんし、本当のことを知ってしまうと二人の関係は終わってしまうかもしれないという予感を受け入れることができない彼女の弱さかもしれません。
いや、おそらく両方でしょう。
彼女の荷物を持ち、車に乗り込みました。ミィの家までは30分かかります。
「ミィの家行くの、久しぶりだな・・・」
付き合ってからは、ほとんど私の部屋で会っていました。一度半分冗談のような感じで同棲の話になりました。その時彼女は乗り気でしたが、私は色々な理由をつけてまだ同棲しない方が良いという風に話を進めます。
もちろん、ミィと一緒に生活を共にするのがイヤだったのではありません。まだ自由でいたかった私の勝手なわがままでした。
もっと言えば、パチンコ・パチスロを自由に打てなくなる気がしたからです。そしてミィにパチンコ・パチスロを打つのがバレてしまうのがとてもイヤでした。
私の生活は、パチンコ・パチスロに支配されていましたが、ミィに対してはギャンブルなど打たない誠実でかっこいい自分を演じています。同棲してそれを知られるのは私にとって死活問題でした。
ようは、カッコつけているだけです。
本当の自分はクズでカッコ悪いのに・・・。
ミィの部屋に着き、インターホンを押します。ドアが開いて出てきた彼女のまぶたには明らかに泣いた形跡がありました。私はそれに気付いてから彼女の顔をまともに見ることができません。
「ひ、ひさしぶり・・・」
「ひさしぶりって・・・昨日、会ったじゃん」
「あ、そうか・・・」
何だか彼女との距離が遠くなった気がします。それは私が距離をとったのではなく、彼女の方からとった距離です。
「あ、荷物ありがと・・・。シチュー作ったけど食べてく?どうせ食べてないでしょ?」
彼女の顔を見て急に空腹を感じます。そこにある日常に私の気持ちは癒されています。私の中のどうしようもないプライドは、それを拒否しようとしていました。距離を置こうと言ったのは私です。彼女の優しさに触れることは何だか負けのような気がしたのです。何だか負けてはいけない気がしました。いつもはパチンコ・パチスロで負けるのに・・・。
しかし口からでた言葉は、
「うん。食べる」
この時の私のプライドなど、とても下らなく陳腐なプライドです。
空腹と優しさと安心感。そして日常。
私の体が強くそれを求めています。
「上がって」
いつものようにはしゃいではいませんが、優しく見せるその笑顔に泣きそうになりました。
「はい、どうぞ」
「あれ?ミィは食べないの?」
「食べたよもう。笑」
「そっか。いただきます」
食べている間、ほとんど会話もせずにいました。彼女は今回の件を掘り下げようとはしませんでした。むしろ話をしたかったのは私のほうです。だけど私からは話が出来ませんでした。そんな二人でいる風景はいつもと変わりませんでしたが、明らかに距離は出来ています。
それは私がとった距離ではなく、ミィがとった距離です。
それは彼女が持つ強さでした。
私は大きな安心感を感じます。それと同時に自らそれを手放そうとしていることに、大きな不安を感じました。
全てを話し、彼女に謝ろうという考えが頭をよぎります。しかし今の現状を全て話して今まで通りの関係が続くか、彼女の私への思いは変わらず続くのかはもっと不安に感じました。
今回の状況を作り出したのは私です。
私は結局謝ることも、昨日のことを撤回したいと伝えることもできません。
それはプライドでもなんでもない私の弱さでした。
「ごちそうさま。ありがとう。」
「うん」
彼女は必死に悲壮感を漂わす空気を掻き消そうと努力しています。それが痛いほど伝わってきて私は耐え切れなくなってきました。
「じゃぁ、帰るわ・・・」
「うん」
自宅に戻る道中改めて考えます。
「もう、パチンコはやめよう。何とかして問題を片付けなきゃ。ミィ待っててくれ」
こんな自分勝手に一方的に距離をおきたいと言われて、彼女がいつまでも待っているのは都合が良い話です。そんな保証はどこにもありません。彼女が心変わりしてもそれは仕方のないことです。
それでも私は彼女の優しさに改めて触れ、そこにわずかな希望を感じています。その希望が少しだけ私をまともな方向に一歩踏み立たせました。
だけど現実は私の想像以上に悪い状況になっていました。それに気付かない私はその小さな希望を胸に、今ある不安や恐怖を掻き消すことができる期待に満ちています。
私の想像力を超えたネガティブな現実が、今ある期待や希望など簡単に飲み込むことができることを想像出来ませんでした。
48話終了です。
どんどん悪くなる状況の中、少しだけ希望を感じました。しかし状況は想像以上に悪くなっていて、そしてこの先さらに悪くなっていきます。
もう自分ひとりの力ではどうにもできませんでした。そしてこの頃の私の人に弱みや恥を見せないという性格がさらに状況を悪くすることに一役買ってしまいます。
ミィも私の身勝手さに傷つきながらも、大きな愛をもって見守ってくれている気持ちだったでしょうが、おそらくミィの想像以上に私の状況は悪かったです。
考えてみると、大好きな彼氏がパチンコ依存症で、借金があって、闇金にも手をだし、家賃未納で部屋がなくなり、お金がなくて冷蔵庫と電子レンジと本とCDを売って、わずかなお金を作ったけれど、それをその日にパチンコで溶かして・・・なんて想像出来なくても無理はありません。
過去の自分のことですが、書いてて何だかゾっとしてきました。
まだまだ続きます。
49話↓
ランキング参加中です!応援宜しくお願いします。
↓ ↓
にほんブログ村