ミィの荷物を届けるために久しぶりに彼女の部屋を訪れた私は、日常や優しさに改めて触れ今回のことを激しく後悔しています。そしてそれはわずかな希望にもなりました。その希望を胸に改めて今ある問題をどうにかする決意をしますが、現実は私の想像をはるかに超えて襲ってくることをこの時は想像すら出来ていませんでした。
※この物語は半分フィクションですが出てくるエピソードは実際に体験したことです。
いやほとんど実話です。
名前や団体名、組織名等は仮名になってます。
読んでいて気分を害したりする場合がありますのでその辺をご了承の上ご覧下さい。
現実
帰りの道中、真剣にこれからのことを考えます。まず部屋を追い出されることを改めて受け入れました。今の私に家賃2か月分を期限までに払う術はどう考えてもありません。
次に闇金のことを考えます。あと1週間もすると支払日がやってきます。このままジャンプして元金を残してしまうと、また10日後に利息を払わなければいけません。そうなると生活はどんどん切迫していくので本当に詰んでしまうことが容易に想像できました。
「まずは、闇金をどうにかしないと・・・」
しかし、今現在手元に残っているのは小銭が少々あるだけです。どう考えてもジャンプするお金を作ることすら不可能です。
そして闇金だけではありません。明日からの生活費も、もちろん無いのです。いくら何でも全く食べないことには限界があります。
そして、シャワーを浴びることが出来ないことにも限界があります。せめて2日に一回は銭湯に行きたいところです。
もっと考えると部屋を追い出された後は、車中泊を余儀なくされます。まだ暖かい季節なのは幸いですが、食事や風呂はもちろんのこと、洗濯もコインランドリーを使用しなければいけません。
考えれば考えるほど、現実は最悪でした。そのことに改めて恐怖し、また不安に支配されていきます。本当のところ、このような状況になる前に私は気付いていました。ただ単に気付かないフリをしていただけです。
「ヤ、ヤバイ・・・まずは少しでもお金どうにかしないと・・・」
そう考えると、今日パチンコにいったことを激しく後悔しました。そしてそれは怒りに変わってきます。
「ちくしょう・・・ぜってぇ遠隔だわ・・・」
そう考えることに全く意味はありませんが、怒りの矛先をパチンコに向ける時だけ不安は体から離れていきました。
しかしその怒りも長くは続かず、再び不安に襲われ、私の思考はぐちゃぐちゃになっていきます。どうにかしたいこの不安を掻き消すことができるのは安心感だけです。
いつもは、パチンコ・パチスロにいくことでごまかすことができましたが、今の私にはそれをすることができません。
私はだんだんと不安に耐え切れなくなってきました。こうなるとパチンコをやめて借金をどうにかして、再びミィの元へと考えていたさっきまでの希望は、簡単に崩れて頭の中で塵となります。
不安を消す安心感を手に入れるためには、闇金をどうにかしなければいけません。食事や風呂や洗濯ができないといけません。しかしそれを満たすのはお金だけです。
私は公園の横に車を停めて携帯電話を開きました。
「だれか、お金を貸してくれそうな人はいねぇかな・・・」
携帯電話にはそれなりの連絡先は入っていますが、最近はほとんど誰とも連絡をとっていません。普段はパチンコにいくか、洋平といるか、ミィと過ごすかだったので人付き合いはありませんでした。
それでも、連絡できる人には電話をかけていきます。いつもの私でしたらお金を借りるために人に連絡することはほとんどありませんでした。当然ですが、お金を借りる時は相手に頭を下げなければいけません。
陳腐なプライドがそれを許していませんでした。人から借りるくらいなら消費者金融から借りた方がいい。意味のわからないプライドです。
しかし、恐怖と不安がそれを簡単に吹き飛ばしていきます。無意識の内に私の中からそういった最低限の人としての尊厳がなくなっていきました。
「あ、久しぶりあべだけど・・・」
「あ、久しぶりどうした?」
「実は・・・お金貸してほしくてさ・・・」
ウソの理由を様々つけて頼みましたが立て続けに5人断られます。こういう時は貸してくれる可能性が高そうな人からかけていきますので、この時点で私の心は折れていました。
「やっぱり無理だよな・・・」
諦めかけるとさらに不安は大きくなっていきました。それでも未練たらしく携帯電話のカーソルキーを上下に押しています。
「あ、でん助・・・」
以前闇金の返済のために7万5千円を貸してくれたでん助に、なぜか電話していませんでした。しかしあの時のでん助は車検があり、たまたま現金を持っていたため貸してくれただけです。今回は貸してくれる保証はありません。
そんな中でもわずかな希望を感じて私は急いでダイヤルを押しました。
「あ、もしもし久しぶり、あべだけど」
「久しぶりです。どうしました?」
「実はちょっと頼みがあって・・・」
「はい?」
「3万貸してほしいんだ」
「・・・」
「い、いや、1万でもいい」
「あべさん、申し訳ないんスけど、自分も今厳しくて・・・すいません・・・」
「そ、そうか・・・」
わずかな希望は、一瞬で消えていきました。
「あ、あべさん!」
「な、なに?」
「まさか。また闇金とか・・・」
「バカ、違うよ。ちょっとお袋の病院代が急に必要でな」
「そ、そうですか・・・なんかすいません力になれなくて」
「いや、いいんだ気にしないでくれ。久しぶりなのにすまんな」
「はい」
とっさにウソをつきましたが、私はさらに絶望感でいっぱいになります。
でん助との電話を切った後、携帯電話を閉じました。安心感を求めてお金を借りようと数人に電話しましたが、全て断られて結果的にさらに不安感や恐怖が重くのしかかってきました。
部屋に着き、そのまま布団に潜り込みます。
なす術が無い私に出来ることは、恐怖や不安と同化し、眠ることです。
危機と空腹
いつもよりも早く目が覚めました。相変わらず不安は体に残ったままです。
「会社いきたくな・・・」
自分の中からヤル気が全てなくなっている感じがしました。
何も考えずに起き上がり、とりあえず顔を洗い、タバコに火をつけます。くしゃくしゃのパッケージの中は残り3本になっていました。
思い体を引きずりながら、とりあえず着替えを済ませます。今日も会社を休もうと思いましたが、とりあえずは行った方が良いと考え無理やり体を動かしました。
いつもよりも早めに会社に着くと、事務の女性が一人いるだけです。
「おはようございます」
「あ、あべさん。おはようございます。体、大丈夫ですか?あべさん、休むのめずらしいから・・・」
「あ、うん大丈夫だよ」
体調は問題ありません。私が問題なのはお金のことだけです。
「そういえば来週、洋平君の送別会ですから」
「あ、そうなんだ」
「はい、場所は前も飲み会があった居酒屋です。会費は3千5百円です」
「え、あ、わかった。先に徴収?」
「いえ、当日で良いです。もちろん出席ですよね?人数把握しなきゃ」
「うん、行くよ」
一瞬、なにか理由をつけて欠席しようと考えました。今の自分には3千5百円は大金です。洋平でなければ出席していないでしょう。
出席と言ったものの、お金はありません。今すぐ必要な闇金の返済金や生活費の問題も解決していないのに、またもやお金の問題が出てきました。私の不安感はさらに大きくなっていきます。
営業にでるための準備をしていると洋平が出社してきました。
「兄貴、おはようございます。大丈夫っすか?」
「あ、うん大丈夫だ」
「マジすか。良かった」
「それより洋平、朝から悪いんだけど頼みがあるんだ・・・」
「何すか?」
「わりぃ、ちょっとお金貸してくれないか?」
今までの自分であれば洋平にお金を借りようとはしなかったでしょう。不安に全部を支配され、問題を解決できる目処が全く立たない、追い込まれた自分はプライドとか先輩としての威厳とかどうでもよくなっていました。
この頃から少しずつ、自分が壊れていくのを感じてきていましたが、どうにもできませんでした。
「す、すいません。自分も引越しの準備とか何かと今、入用で無理っす・・・」
「あ、そうか・・・いや、いいんだ。すまんな朝から」
何だか、洋平に全て見透かされたようで、恥ずかしくなりました。しかし今の自分はそれを受け入れています。以前ならこんな情けない自分を許さなかったでしょう。だけど今はそんな自分を受け入れています。そんなことよりも大事なのは「お金」です。財布に小銭しか入っていないこの不安に全て支配されました。
昨日からお金を借りようとした人に全て断られています。また一人と断られる人数が増えるたびに私の中のアイデンティティはヒビが入り、少しずつ壊れていきました。
その日はほとんど営業先を訪問せず早めに会社に戻り、さっさと後処理をして退社します。帰りに洋平とすれ違いましたが、特に会話を交わすこともなく会社を後にしました。
部屋に戻り、着替えを済ませるとお腹が空いてきます。しかし食べる物はありませんし、お金はもちろんありません。
私の体にある危機感がざわざわと騒ぎ始めます。空腹は正常な精神状態を奪っていきました。その後さらに不安や恐怖が大きくなっていき、安心を求めました。
しかし、わたしが出来るのは携帯電話の連絡先を一通り目を通してお金を貸してくれそうな人がいないか改めて見ることです。
当然ですが、無駄な行為でした。可能性がありそうな人にはもうすでに断られています。
私はまた、不安や恐怖と同化することにします。自分と不安と恐怖を切り離そうとすると苦しさが生まれるのです。その苦しさに耐える力はすで奪われていてどうすることもできません。同化するのが苦しみから逃れる唯一の方法でした。
翌日も同じくほとんど仕事をせず、自宅に戻ってきます。闇金の支払日も近づいています。部屋に施錠される日も、もうすぐです。そして昨日今日と何も口にしていません。風呂にも入っていないため、体も汗臭くなっていました。
「腹へった・・・」
何とかしようと決意して、たった2日で完全に心が折れました。自分の弱さに情けなくなります。今まで培ってきた理想の自分や決意やプライドなんて、こんなものです。
気がつくと自分の中にあった小さな希望の光は完全に消えていました。
空腹の目まいと絶望でで立てなくなった私は、その場で横になります。そしてまた無意識で携帯電話の連絡帳を眺めていました。
カーソルの上下を何度も押し、あ行からZの行を往復しています。そして同じ連絡先を3度見た時、絶望と不安と恐怖と抱き合い、同化している自分の中にある空腹が導き出す危機感が急に騒ぎ出し、抵抗をはじめました。
そして、無意識の内に連絡帳の中から電話番号を選び、ダイヤルを押します。
プルルル・・・
プルルル・・
コールが3回なった後、少し低い声が耳もとで響きました。
「もしもし、リッチファイナンスです」
49話終了です。
もう、普通の決意や希望なんて簡単に吹き飛ぶような状態になってきました。この頃からどんどん自分が落ちていく感じがしてましたね(とっくに落ちてますが・・・)。カッコつけたくてもつけれる状態ではないという感じです。
パチンコ依存症・パチスロ依存症になると、様々なところで弊害がでてきます。もちろんそれだけでなく、ここまでなるのは自分の性格とか人間性という部分も大きいです。自分の意志や思いとは全く逆にすべての流れが悪い方向に向かっていきました。
本能的な危機感て強力なんですよね・・・。それまで作り上げた自分を簡単に変えてしまいます。
まだまだ続きます。
50話↓
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