体の中で増幅する危機感、不安、恐怖が、私の自我を少しずつ破壊していきます。絶望的状況の中わずかな希望を抱いて、それを解決する決意をしましたが、わずか2日間で簡単に崩れていきました。
空腹と絶望の中、携帯電話の連絡先を眺めていますが、私に安心を与える材料はありません。
そして私がダイヤルしたのは・・・。
※この物語は半分フィクションですが出てくるエピソードは実際に体験したことです。
いやほとんど実話です。
名前や団体名、組織名等は仮名になってます。
読んでいて気分を害したりする場合がありますのでその辺をご了承の上ご覧下さい。
束の間
「もしもし、リッチファイナンスです」
男が電話口でそういった後、同じ言葉が頭の中で再度響きました。
「あの、すいません、あべまさたかと申します」
「あ、あべさん、融資?」
「はい、お願いできますか?」
「少々、お持ち下さい」
そういって、男は一度電話口から離れます.
空腹と絶望感から逃げ出したくて、反射的に闇金に電話してしまった私は、ゆったりとした保留音のメロディと反して改めて後悔しました。
また、返済の苦しさと、何をされるかわからない恐怖の日々がやってきます。
「あ、大丈夫ですよ。いくら希望ですか?」
「大丈夫ですよ」この言葉がなぜか救いの言葉に聞こえました。空腹はしのげそうですし洋平の送別会には参加できそうです。本当は救いではありませんが・・・。
「あ、はい、3万円ほど・・・」
「わかりました。では明日の午前中までに振り込みます。返済は明日から10日後になります。前回同様、返済日の前日に必ずお電話下さい。利息とかはわかってますよね?」
「は、はい」
「ジャンプするなら1万5千円で、全部返済なら4万5千円です」
「はい、わかりました」
携帯電話を閉じた後、明日にはお金があるという安心感が、私の中にある恐怖感を曖昧にし、正常な思考をどこかに追いやります。
なす術がないと思っていた状況が何とかなるかもしれないという錯覚。
そう、錯覚です。間違いなく私の状況はさらに悪い方向へと進んでいます。それもどんどんそのスピードを上げていました。
それに私は気付かないフリをしています。いつのまにか私は目の前にある問題だけしか見ていません。それがどんなに大きな代償を払うことになるのかは、とりあえずはどうでも良くなってきていました。
翌日目が覚めると、少しだけ気分が軽くなっています。なんとか空腹は満たせそうです。洋平の送別会のお金も心配いりません。
体の汗臭さは気になりましたが、とりあえず顔を水道水で洗い、着替えを済ませ会社に向かいました。
会社に向かう道中、一瞬今の現実が頭をかすめますが、無理やりそれを掻き消すようにし必死に現実逃避します。
もうすでにまともな精神状態をなくしていた私は、現実を直視した時に起こる苦しみや恐怖や痛みに立ち向かうことができなくなっていたのです。
会社に着き、営業の準備を済ませすぐに営業に出ようとしましたが、その日は全体朝礼があることを思い出しすぐに会社を出ることが出来ませんでした。
いつもは営業の人間は、朝礼に基本出ませんが、一週間に一度、全体朝礼の日は出席しなければいけません。
全体朝礼は、いつも通りに会社の数字や扱う商品やサービスについてのことを剣崎課長が話をし、その後社訓を唱和して進んでいきます。
いつもはそれで終わるのですが、今日は洋平が退社することが改めて報告され、送別会の日時と会場が告げられました。
その後、洋平は前に立ちスピーチを始めます。その姿を見て私は嫉妬を感じました。自分とは違う洋平を見て、今までは羨ましく感じたことはあっても嫉妬したことはありません。
しかし凛と前を見てスピーチする洋平に感じた感覚には悪意が少し混じっていました。
洋平は、少しずつでも自分で道を切り開き前へ進んでいます。
一方、私は立ち止まるどころか後退し、その状況さえ自分の目で見ることを避けていました。
いつの間にか遠くに進んでいた洋平すらまともに見ることが出来なくなっています。嫉妬や悪意、そして気付いてはいるけど目をそらしてしまう自分への情けなさを抱えて会社を出ました。
午前中はほとんど、営業をしていません。最近はいつもそうでした。それを頭の中では、こんな状態で訪問しても良い印象はない、と頭のなかで言い訳を作り正当化しています。
そして昼近くになり銀行へ向い、残高をチェックします。見るとしっかりと3万円が振り込まれていました。
私はその足ですぐに牛丼屋に向かいます。2日ぶりの食事でした。空腹を満たしても私は現実を見ることはしません。
闇金の支払日は近づいています。ジャンプすればまた10日後に支払日がやってきます。もちろんお金の目処はたちません。
部屋も後、数日で施錠されてしまいます。最低限の荷物を用意して車に積み込むなどしなければいけませんが、それもはっきりとした現実と受け止めていないような気がします。
ましてやホームレスのような状態でこの先、どうやって生活していくのか、どうやって立て直していくのかしっかりと考えていないのです。
それは、まともに考えると全て破綻していることに気付いているからです。その現実を受け止めることは出来ませんでした。
全てを曖昧にして、目の前の問題だけ片付ける。
そうすることが、全てになっていました。
諦め
3万円を闇金に借りたことにより、とりあえずの食事と銭湯に行き汗を流すことは確保しました。
今回のことでさすがの私も懲りたのか、パチンコに行く衝動は今のところおきていません。しかし問題は山積みです。直近では闇金の支払いと部屋がなくなる問題でしょうか・・・。
私は部屋にあるものを処分し始めました。捨てることが出来るものは捨てて、大型で捨てられないものはそのままにしています。
着替えや、歯ブラシやタオルの生活用品は出張用の大きなバッグに入れ、すぐにトランクに積み込める状態にしました。
財布を開き手持ちの金額を確認をすると2万8千円と小銭が少し・・・。今後のことを考えると全く足りません。しかし今、財布に入っているお金を見ると全てが曖昧になっていきました。とりあえずの安心感に安堵しています。
翌朝、顔を洗い歯を磨こうと昨日バッグにしまった歯ブラシを取り出します。今までは蛇口の横にかけてあった歯ブラシを、いちいちバッグから取り出すことに面倒くささを感じ、少し嫌な気分になりました。
会社に着くと洋平が近寄ってきます。
「兄貴、おはようっス」
「あ、おはよう」
「何だか今日で最後かと思うとなんかアレっすわ・・・」
「今日で最後?そうか・・・」
「まぁ、そぉッすね・・・一応明日も来ますけど、業務は今日までなんで」
「そうか。おつかれさんだな」
「はい。あざっす」
「今月いっぱいか。もう会社こないのか?」
「ですね・・・。残りの日は有給消化します」
「なるほどな。なんか実感ねぇな」
「そうですね。あ、この間の出張先のリスト兄貴にそのまま引き継ぎますんで、もしなんかあったら宜しくお願いします」
「わかったよ。了解」
「それと」
「?」
「今月中に、一回飲みにいきましょうよ」
「おう、そうだな」
なんだか不思議な気分でした。とても自分のことを慕ってくれていた後輩が自分の側を離れ羽ばたこうとしているのに何の感情もおきません。
それは、洋平に対しての気持ちが何もないのではなく、今の自分の状況が全てを被いその感情は掻き消したからです。今の私には新しい感情が芽生える隙間はありませんでした。
会社を出て営業先を回っています。わずか数日ではありますがパチンコにいかなくなり、闇金からの借金ですがお金がとりあえず手元にある状態になってから、以前のように仕事をするように戻っていました。
コンビニに入り昼食を買った後、車に乗り込み公園へ車を走らせます。公園の脇に車を停め、昼食を食べようとした時、携帯電話が鳴りました。
番号を確認せずに反射的に電話に出てしまいます。
「もしもし、あべです」
「あべさん?希望ファイナンスです」
「あ、は、はい」
低く野太い男の声を聞き、一瞬にして危機感が呼び起こされます。
「あべさん、なんで午前中電話よこさねぇんだ。明日支払日だろ」
「あ、は、はい、すいません・・・今電話しようとしてました」
「ホントか?次連絡よこさなかった会社に電話するからな」
「はい、すいません」
「で、明日どうすんだ?ジャンプか?」
本心は元金も全て支払って完済したいところですが、そのお金はありません。
「はい・・・ジャンプで・・・」
「わかった。何時に来るんだ?」
「午前中行きます」
「わかった」
電話を切った後、急に現実が襲い脱力感が体を支配しました。支払いの度に呼び起こされる苦しみと恐怖。
ジャンプを続ければこの苦しみは10日ごとにやってきます。私はその事実に改めて落胆しました。
その日の営業が終わり、会社に戻ると洋平をはじめほとんどの人が戻ってきており、すでに業務を終わらせています。
「あ、兄貴、先にいってますね」
「お、おう、すぐいくよ」
正直、行きたくない気分でした。洋平に対しての労いの気持ちよりも会費の3千5百円を失う気持ちが上回ったからです。明日になると闇金に1万5千円を払わないといけません。そして会費を払うと手持ちは一気に1万円を切ってしまうのです。
送別会が始まり、盛り上がっていますが私は全く気分があがりませんでした。車で帰ることを理由にアルコールを飲んでいないことも一つですが、それよりもお金のことが気になり楽しめませんでした。
送別会が終わり、ほとんどの人が2次会に向かうようでしたが、私はそれを断りました。
「兄貴、2次会行かないんスカ?」
少し顔を赤くした洋平が近寄ってきました。
「あ、ごめんな。今日は帰るわ」
「あ、彼女さんスカ。了解ッす」
「お、おう。まぁな」
そういえば洋平にはミィとのことは話していません。
帰りの道中、信号待ちの度に明日には消えてしまう財布の1万円札を見つめ空しくなっています。それと同時に危機感も体を支配し始めます。
給料日まではまだ2週間以上あります。もう一つの闇金の支払いもしなくてはいけません。残金を考えると給料日までの食事と銭湯代は、後数日で尽きることが容易に想像できます。
ましてや、もうすぐ車での生活になるのです。
ネガティブなことが一気に頭の中を駆け巡り、私はおかしくなりそうでした。この苦しみがこの先一生続く気がして恐怖を感じています。
しかし、今の自分が考えうる中ではなす術はありません。答えがでないまま、この苦しみと共に生活しなければいけないのです。
部屋へ着き、少しの着替えを残して、先日用意したバッグを車のトランクに詰めました。アパートの管理会社が鍵を施錠すると警告してきた日まで後2日です。
布団に入っても恐怖や苦しみは相変わらず、私を支配したままです。時々わずかに残るプライドが抵抗しようと動き出しますが、それを私は無理やり押し込みます。
ある問題が起きてそれを対処しようと抵抗できるのは、その問題を解決できる時だけです。対処法が無い時に抵抗すると、苦しみや痛みはさらに大きくなって私を襲ってきます。
こんな時は、抵抗せずに苦しみや辛さ、痛みを受け入れ、同化するしかありません。それが一番の対処法なのです。
いつの間にか眠りについていた私は夢をみました。
いつかミィと行った海に2人で向かっています。車ではなく歩いていました。
真っ暗なトンネルを小さく見える光に向かって歩いています。
ひんやりとした空気の中、少しだけ違和感を感じます。
「まさくん。なんか怖いね・・・。早くいこうよ」
ミィは私の手を握り、小走りで光に向かっていきました。
私の中の違和感は光に近づくほど大きくなります。
「ミ、ミィ、行っちゃダメだ!」
トンネルの出口に差し掛かった瞬間、光が大きな波に変わって2人を飲み込みました。握った手が一瞬にして離れて目の前が真っ暗に変わります。
気がつくとそこは海岸でした。ミィと二人でいった海岸です。空は青く太陽は照りつけ、青い海は小さな波を立てています。
私はすぐにミィを探しました。しかしミィの姿はありません。私は大きく絶望して立ちあがりました。
すると目の前が真っ白になり、視界がなくなります。大きな目まいを感じ、立てなくなりましたが、ミィを探そうと何とか目を開きました。
そしてぼんやりと戻る視界に、私は恐怖を感じます。
空は重たいグレーが辺り一面を覆っています。鉛色の海は大きな波を海岸に打ちつけていました。
呆然と立ち尽くしていると、一瞬にして空が黒くなり大きな雨粒が水面を打ち付けます。
私はなにも出来ずに立ち尽くしていました。この広い海岸でミィを探すのは不可能です。なす術がありません。
私は悲しみに支配されています。
そして私は抵抗することをやめ、ミィを失ったことを受け入れました。
私は泣いていました。声を上げてただ泣いていました。
涙が枯れたころ、後ろで人の気配がします。その気配はどんどん私に近づいてきました。
なぜか私は振り向くことができません。
そして私の背中でピタリと止まり、一瞬間を置き、低い声でこう言います。
「逃げられると思ってんの?」
50話終了です。
この頃の自分を思い出すとやっぱり苦しくなりますね。生きている心地がしませんでした。どんなことをしても苦しみから逃れられない気持ちは二度と味わいたくないです。悪い夢もよく見ていて私を苦しめましたね。悪夢の時は熟睡できなくて起きた時に感じる脱力感は、何とかして問題を解決しようとするモチベーションを確実に奪っていきました。
まだまだ続きます。
51話↓
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