新規顧客の契約を終え、後は運用開始を待つだけです。私生活とは裏腹に仕事は順調でした。が、所持金はどんどん少なくなっていきます給料日までは後2週間ちょっと。おまけに闇金の支払いも控えています。
※この物語は半分フィクションですが出てくるエピソードは実際に体験したことです。
いやほとんど実話です。
名前や団体名、組織名等は仮名になってます。
読んでいて気分を害したりする場合がありますのでその辺をご了承の上ご覧下さい。
忍耐
車の窓から微かに差し込む朝日の光で目が覚めます。日陰には停めていましたが車の中の温度は上がっていました。前日は銭湯もいかず、汗を掻いていたため体の臭いが気になります。天気は良いのにあまり気分はすぐれませんでした。
公園の水のみ場で顔を洗い、ペットボトルに水を汲み車に戻って歯を磨く。車での生活には少し慣れては来ましたが、この現実を考えると暗くなってしまいます。
一息つくと現在の所持金を確認しました。何度数えても6千円と小銭が少ししかありません。
どう考えても給料日までは持たないでしょう。しかし今日はバイトがあります。1日バイトに行けば5千円にはなり、週払いも可能です。あまりにものキツさに私は止めようと決意していましたが、背に腹はかえられません。
私は状況的にバイトに行くしかありませんでした。自分で作ったこの状況ですが、意思とは違う行動を強制されているような気になり、気分がさらに落ち込みました。
私には選択の余地などはありません。生きるためには、カビのニオイと油が腐ったようなニオイに食べ物が腐敗したニオイを受け入れるしかないのです。
会社に着くと佐々木さんが優しい視線を送ってくるのがわかりました。
「おはようございます」
「あ、おはようございます・・・」
私は無意識に物理的距離をとろうとしていました。
昨日は風呂に行っていません。
剣崎課長に契約の報告を済ませ、営業の準備の後すぐに会社を出ました。体が汗臭いのがバレる気がしたからです。
その日の営業は全くと言って良いほど身が入っていません。それは所持金が少なくなる不安と、風呂に入っていないこと、そして今日のバイトのことを考え、気分が落ち込んでいたからでした。
夕方になり会社に戻ると、無意識に佐々木さんの席に視線を送ります。その日はすでに上がっていませんでした。
終了業務をさっさと終わらせタイムカードを押し会社を出ます。車に乗り込むとバイトを前にしてさらに憂鬱な気持ちが膨らんでいきました。
いつも通りスーパーで半額の弁当を買い暗い気持のまま車内で頬張ります。頭で考えればバイトに行かなければいけないのはわかっていますが、心の奥では必死に抵抗をしているのがわかりました。
しかしそんなことは関係なく私には選択の余地はありません。
バイト先に着くと社長がいます。
「おはようございます」
「あ、あべさん。おはようございます」
「あ、あのう・・・」
「どうしました?」
「きゅ、給料なんですけど、週払い出来るんですよね?」
「出来ますよ。あべさん週払いご希望ですか?」
「はい、お願いします」
「では、今日戻ってくるまでにご用意しときますよ。一応ですが、月曜から日曜までの分を翌週の月曜日以降の出勤日に払います」
「はい、わかりました」
とりあえず、今日のバイトから戻ってくると5千円入ることになり、来週は3回分ですので1万5千円入る計算になります。
お金が少なくなってきて不安の中、このことが少し私の気持を回復させました。
作業着に着替えて待っていると、関口が出社してきます。
「うーっす」
「あ、おはようございます」
「あ、えーと・・・あべさん」
「はい。何すれば良いですか?」
「あー。じゃあ、道具まとめて車まで運んどいて」
「わかりました」
「ガハハハっ、よくやめなかったな。こないと思ってたわ。今日は吐くなよ」
関口は相変わらずイヤな笑い方をし、心底ムカつく態度です。どう見ても底辺で落伍者に見える関口に下に見られている気がして私のボロボロのプライドはさらに傷つけられました。
車に道具を積み込み、現場へと出発します。車内はカビや食べ物や油が腐敗した臭いで充満していました。すぐに耐え切れなくなりマスクを装着します。
「今日は、中華の厨房があるから前よりキツイぞ。いつもそこは汚ねぇんだ」
「はい・・・」
「ガハハハっ、そう暗い顔すんなや。すぐ慣れるから」
この臭いや仕事のキツさ、そして関口に慣れる気はしませんでした。
現場に着き、関口の指示を聞き何とか作業をこなして行きます。1件目からすぐに吐きそうになりますが何とかこらえました。
中腰で作業を続ける体のキツさと耐え切れない臭いの中、関口は淡々と作業をこなして行きます。
私はついて行くのがやっとでした。
何とかその日の作業を終え、車に乗り込みます。座ると太ももの筋肉はブルブル震え、疲労困憊になり、鼻の奥には臭いが残っています。マスクをしていても鼻の奥や口の中は排水溝の臭いがべったりと張り付いているようでした。
事務所に戻り、後片付けが済むと関口はすぐに帰ります。私はこんな汚い仕事を淡々とこなし、吐きそうになる臭いをもろともせず、普通でいる関口を異常だと思います。きっと人生の底辺を這う、落伍者のような人間は感覚が麻痺するのだと思いました。
私は関口のことを見た目で見下し、自分より劣っていると思うことで、何とかプライドを保つことができます。
「あべさん、おつかれさまです」
「あ、社長おつかれさまです」
「はい、これ先週分」
「ありがとうございます」
事務所を出た後、車に乗り込み茶封筒に入った5千円を財布に入れました。減る一方だった財布の中に久しぶりにお金が追加されます。不安や危機感が軽減され少しだけ気分が良くなりました。
しかし、問題は解決していません。一番は闇金2社の支払いですが、来週の週払い分ではジャンプするにしても足りないのです。
私はバイトに何とか耐えた充足感と、お金が少し増えた満足感でそのことに気付いていませんでした。
欠片
バイトを終え、まず考えたのは風呂をどうするかでした。昨日も入っていませんし、ましてや体は、汗や食べ物や油の腐った臭いが染み付いています。おまけに口の中はその味で充満しているようでした。
すぐにでも体を洗い流したい気持でしたが、この時間やっている銭湯は健康ランドのようなスパ施設しかなく、ましてやこの時間だと宿泊料金のため2500円以上かかってしまいます。
財布の中には先ほど週払いの給料をもらったため1万ほど入っていますが、風呂だけのために2500円は痛すぎです。
しかし、この状態に我慢が出来なかったですし、風呂にはいらず明日会社に行くにはしのびありませんでした。
しょうがなく距離は離れていましたが前回いった健康ランドとは違うところに向かいました。少しでも安ければそこにしようと考えたのです。
車を走らせながらも気持ちは暗くなっていきます
「いつまでこんな状態が続くのだろう・・・」
「どうすれば、普通にもどれるんだろう・・・」
「ミィは元気にしているのだろうか・・・」
「もうおれは全て終わりなのか・・・」
「助かる道はあるんだろうか・・・」
考えれば考えるほど、私の気持は追い込まれていき、どんどん沈んでいきました。
車を20分ほど走らせると大きなネオン看板が見えてきます。駐車場に車を入れ、とりあえず値段を確認しに行きます。
そこで思いもかけない看板を見つけました。
”朝風呂フェアー!!AM5:00~AM8:00に限り入浴料700円”
「おーっマジか!」
私は思わずガッツポーズをします。2500円かかると思っていたのが、700円で済むのです。現在の時刻がAM4:00前なのでまだ少し時間は早いですが、時間まで駐車場で待機すれば問題ないでしょう。
待っている間、疲れているのか私は寝てしまいます。朝日が車にさしこみ、その暑さでパッと目が覚めます。
「やばっ!!寝ちゃった!」
慌てて時計を見ると時間は6時でした。
「ふぅー良かった・・・」
私は安堵すると、早速着替えと風呂道具を持ち風呂に向かいます。少し寝ぼけた感覚のまま念入りに体と頭を洗いました。湯船に浸かると一瞬だけそれまでの不安感を忘れることが出来ています。そしてバイトの後にはここに来れば700円で風呂に入れることも私を安心させました。
風呂を出るとそのままいつもの牛丼屋に向かいます。体を使ったので、お腹がすいていました。財布にお金があるのもあり久しぶりに朝食を取ることにしました。
朝、会社に着き眠い目をこすりながら準備をしていると、佐々木さんが出社してきます。
「おはようございまーす」
私の席のそばを通っていきましたが、今日は無意識に距離をとりませんでした。
準備を終え、営業に出かけようとした時、佐々木さんが私に近づいてきます。
「あ、あべさん」
「は、はい」
何だか少しムズかゆい感じがします。どうしても意識していました。
「例の新規2件の運用開始の時には現地に張りつきですよね?」
「うん、そうなりますね」
「スケジュール決まってます?」
「うん、再来週の月曜日に開始と翌日の火曜に開始の予定ですよ」
「じゃぁ出張、泊まりになりますよね?ビジネスホテル予約しておきます」
「あ、うん。ありがとう」
すっかり忘れていました。本来ならば自分で申請をしなければいけませんが、佐々木さんはそれに気付き動いてくれました。
「忙しそうだけど、頑張ってくださいね」
そう言い残し、優しく微笑みながら席に戻っていきます。
その日の営業は久しぶりに、良い仕事が出来ました。仕事に身が入り集中すると、その間だけ、不安や危機感は影を潜めます。
その日の営業を回り終わり、少し遅めに会社に戻ると、佐々木さんはすでに上がっていました。自分の席に戻るとピンクの付箋がパソコンのモニターに張り付いています。
”予約しておきました”
もちろん出張先のビジネスホテルの予約が完了したという意味ですが、一言だけ書かれているピンクの付箋をみると、何か別な意味があるような気がして恥ずかしくなりました。
勝手な私の妄想です。しかしどのような意味であれ、休日出勤の私に弁当を持ってきてくれるという誰も知らない二人だけの秘密のような気がして、それを自分だけの特別に思った私はテンションがあがりました。こういう時の男は恐ろしく単純なものです。
タイムカードを押し、気分良く会社を出た私は車に乗り込みます。そしてスーパーに寄りいつもの通り半額の弁当を物色します。
その日はカツ丼が残っていました。そのまま駐車場で夕食を済まし一息つきます。そこで私は眠りについてしまいました。前日のバイトで寝不足なのと疲れが出てしまったのでしょう。
目が覚めると会社を出た時とは、うって変わって気分が重くなっています。悪い夢を見たのですが、どんな夢だったかは思い出せません。
周りを見ると、車がほとんど泊まっていませんでした。時計を見ると閉店時間はとっくに過ぎています。おそらく数台停まっている車は従業員の車でしょう。
私は、急いでエンジンキーを回し車を発進させます。車を公園に移動させエンジンを止めました。
ここで急に現実が私を襲ってきます。まずは財布を開き現在の所持金を確認します。見ると残金は8千円と小銭が少し。給料日はまだまだ先です。
バイトに行けば来週の火曜日には1万5千円を手にすることができます。生活費だけを考えれば何とかなるでしょう。しかし問題は水曜日と木曜日に迫った闇金の支払いです。ジャンプするにしても2つ合わせて3万円必要な計算になります。
どう頑張っても足りません。ここで改めてこの現実に恐怖しました。
「やば・・・。闇金の支払いが足りない・・・。」
「どうしよう・・・」
そう考えるとさらに私の全身は恐怖と危機感に支配されていきます。会社を出る時まで感じていた良い気分は、欠片も残っていませんでした。
「もうダメだ・・・」
「この先いくら頑張っても普通の生活には戻れない・・・」
「闇金どうにかしなきゃ・・・」
頭の中はさらにネガティブに支配されていきます。
この時、自分の体は恐怖と危機感と苦しみで出来ていると思いました。どんなに楽しいことやワクワクすることも無駄になります。
そして私の中にある、苦しみが強くなればなるほど、いつもの衝動が現れてきました。
「勝って楽になる!」
パチンコ依存症・パチスロ依存症が求めるのは、興奮ではなく安心感です。
58話終了です。
借金、闇金の恐ろしさは、自分の中に生まれた喜びや満足感。そして安心感を確実に奪うことです。この時の私は改めてそのことを思い知らされ、絶望を叩きつけられていました。逃れようにも自分ひとりの力ではどうにもできません。
こんな私の考えの行き着く先は、パチンコ・パチスロで勝って早く逃れたいでした。
まだまだ続きます。
59話↓
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