佐々木さんとの約束の前に、手元に残っているのは約4万円。この金額があれば問題ありませんが、私の頭の中は、パチンコ・パチスロに向いていました。負けてしまうと、また闇金に行かなくてはいけませんが、剣崎課長に翌日までに書類の作成を指示されたことにより、回避することに成功します。
※この物語は半分フィクションですが出てくるエピソードは実際に体験したことです。
いやほとんど実話です。
名前や団体名、組織名等は仮名になってます。
読んでいて気分を害したりする場合がありますのでその辺をご了承の上ご覧下さい。
感覚
金曜日、会社に向かう車中ですでにソワソワしていました。
信号待ちの間、歩行者や隣の車線に止まっている車のドライバーに見透かされているようで、何だか恥ずかしくなり無理やり今日の夜の妄想を掻き消します。
会社に着くとすでに佐々木さんが忙しそうに書類をめくっていました。
「おはようございます」
私がタイムカードを押しながら、そう挨拶すると、会社にいる各々が「おはようございます」と返してきます。佐々木さんだけは気付かずに書類と格闘していました。
前日のバイトの疲れを多少、引きずりながら営業に向います。
昼になると昼食をおにぎりだけで済まし、昼寝をしました。
午後からはいつもより予定を少なくして、早めに会社に戻り終了業務に取り掛かります。
待ち合わせの時間と場所は前回と同じにしました。余裕で間に合いそうです。
「お先に失礼します」
こちらを見ずに、そう言いながらタイムカードを押し、佐々木さんが上がっていきます。
私は、すでに業務を終えていましたが、資料を作っているフリをして時間をのばしていました。
平静を装っていましたが、気持ちの中ではワクワクが止まりませんでした。今日こそはキラキラした身体を私の中に取り込むことができるはずです。
本能に従い、気持ちを興奮させたり突き動かしたりする感覚をとても心地よく感じます。それはとても正当で真っ当な気がしました。
「お先でーす」
佐々木さんが上がってから10分後にタイムカードを押した私は、早歩きで待ち合わせ場所に向います。
途中、パソコンのログアウトを忘れたことを思い出しましたが、会社に戻ることは考えませんでした。
「おつかれさま」
「あ、おつかれさま。あべさん意外と早かった」
「うん。じつは佐々木さん上がったときには、もう終わってた」
「ホント笑」
「一応、時間差で上がってきた」
「そっか。いちおうねっ笑」
佐々木さんのそのいたずらっぽい微笑みは、秘密めいた関係をさらに淫靡に感じさせました。
「じゃぁいこう!」
「うん」
ビルの8Fにある鍋料理屋っぽくない薄暗い雰囲気のその店は、半個室になっていて大き目の窓からは、ネオンや車のライトが輝いていました。
「うわぁ、結構キレイ」
「でしょ?鍋料理だよ。寒くなってきたし」
「うん!鍋屋さんっぽくないけど、いいね!」
パッと表情を明るくさせ、明らかにテンションが上がっている彼女は、デキル男を演じている私の心を満たしました。
運ばれてきた鍋には、たくさんの具材が入っていましたがどれも美味しく、会話を忘れさせるほどです。
会話をしたのは、鍋が運ばれてくるまでと、一口目に食べた時に二人で同時に発した「おいしい!」という言葉だけでした。
ほんとうに美味しいものは、言葉を失わせるものです。
食べ始めてからしばらく経っていました。
海老の頭から胴体を引き離し、指で丁寧に皮をむきながら、佐々木さんが話しかけてきます。
「なんか、気がついたら二人とも黙って食べてる・・・笑」
「笑、ホントだ。食べるのに集中しちゃってるわ」
「すっごい、おいしいね」
「うん、マジで美味しい。だってオレ、佐々木さんいるのわすれてたもん」
「いゃー!ひどいっ笑」
「うそうそ、じょうだん笑」
窓の外から入ってくる小さなネオンや車のライトの光に照らされている、佐々木さんの少し湿った唇を見た時、私の心の奥に眠っている攻撃本能がうずきました。
そして、先ほど丁寧にむいた海老がその唇に運ばれ時から、私の味覚はなくなり、感覚をすべて目の前の佐々木さんの体にに支配された感覚に陥ります。
私はこれまで偽物のプライドを身にまとい、闇金などの借金にお金を支配され、恐怖や苦しみで感情や感覚を支配され、パチンコ・パチスロに全てを支配されてきました。
それはどれも不快で、耐え難いものばかりです。
一刻も早くここから抜け出したいと考え、毎日にもがいています。
しかし、今支配されている目の前から受ける、醸し出す淫靡さや優しさ、母性や体は、そのどれとも違う感触で私を取り込もうとしています。
それはとても心地よい感覚でした。
タトゥー
鍋料理の店を出たあと、夜景の見える造園所の駐車場に車を走らせます。
着いてみると夜景が綺麗に一望できる場所は、すでに数台の車が停まっていました。
私はあえてその場所には車を停めず、一番奥のがらんと空いた暗い場所に車を停めます。
「時間とか大丈夫・・・?」
「うん・・・」
コクリと頷いた顔が戻る瞬間に、唇を近づけると彼女は包み込むようにそれを受け入れました。しだいに舌の動きが激しくなっていきます。
そして、私の唇が佐々木さんの耳たぶや首筋に移動すると、吐息が漏れ、体が熱を帯びて肌がしっとりと湿ってくるのを感じました。
あらためて唇を重ね、きつく抱きしめた後、ゆっくりと体を引き離し、すぐに車を走らせます。
峠を下り、中間のわき道に入ると街灯が少なくなったその先に見える、青や赤や白いネオンに向かってアクセルを踏みました。
部屋に入り、佐々木さんがソファに座ると、私がすぐに覆いかぶさり先ほどの続きが始まります。優しくキラキラしているはずのその体が熱を帯び、しっとりと湿ってくるのに、時間はかかりませんでした。
さらに私の動きが激しさを増すのと比例して、佐々木さんの呼吸も激しさを増していきます。その深い胸の谷間に顔をうずめながら、自分のシャツのボタンを外すのに戸惑っている時も、佐々木さんの呼吸は荒く、その白い肌はさらに湿っていきました。
「あべさん・・・シャワー・・・」
「うん・・・」
「いっしょに浴びる?」
「いやよ・・・笑」
佐々木さんが、先にシャワーに入り出てきた後、入れ違うようにバスルームに入ります。蛇口をひねり勢いよく出てくるシャワーの音は、初めてニジマスを釣り上げた川の流れの音を思い出させ、当時の釣竿に感じた激しい感触が両手によみがえり、その感覚が全身を巡りました。
シャワーを出てベッドに向かうと、佐々木さんは背中を向けて横たわっています。私は何も言わずに身にまとっているバスタオルを外し、改めて目の前にあらわになった、体を見つめした。
そして、興奮を覚えたと同時に一瞬たじろぎます。
そのきめ細かい、やわらかな肌への視線が下半身に移ったときに右足のちょっと内側の太ももにタトゥーが彫ってあるのを見つけたからです。リアルなネコの顔のタトゥーでした。
佐々木さんの優しい雰囲気とネコの顔のタトゥー。
あまりにも接点がない大きなギャップに感じて私の感覚は解析不能になり、答えを出すのを諦めました。
私はすぐに佐々木さんを抱きしめ、全身をじっくりと愛撫し始め、その度に吐息や声が漏れ、呼吸の激しさは強くなっていきます。
だけど右足のちょっと内側の太ももだけは、指で撫でる時も、舌を這わす時もネコの顔のタトゥーの場所は綺麗に避けるようにしました。
そして、私が果てた後、少しだけ力を入れて抱きしめると、佐々木さんは力を込めてぎゅっと抱きしめ返してきます。
密着した肌は、少し赤みを増し、さらにしっとりと湿っていました。
その感触はとても心地よく、私の中に眠る正当な部分だけを包みこんでくれます。
「・・・笑」
「ど、どうしたの?」
佐々木さんが急に笑いをこらえています。私はワケがわからず困っていました。
「うふふ」
「い、いや、だ、だからどうしたのって・・・」
それでも佐々木さんは何も言わずに笑っています。
私は少し不機嫌な気分になりました。ワケがわからず少し馬鹿にされているような気分になってしまったからです。
きっとその表情が顔に出てしまったのでしょう。佐々木さんが笑うのを止め、キスをして私の表情をなだめようとしました。
唇を離し、佐々木さんが話し始めます。
「だって、あべさん、タトゥーのとこだけ、さわらないんだもん」
「う、うん・・・」
私はそのことの何が笑えるのかさっぱり理解できず、また不機嫌になってきました。
「ごめんなさい。機嫌悪くしないで。わからないと思うけど嬉しかったのよ。」
「ん?」
「だって、そんなこと初めてだったの。何か私のこと理解してくれてる気がしてうれしくなって。そうしたら何か笑えてきちゃった」
「うん・・・」
それでも私は腑に落ちず、気持ちは少しだけ不機嫌なままでした。
「あべさんのそういうとことろ、好きよ」
そう言うと佐々木さんは、私の首筋に唇を這わせ、下半身に指を滑らせ、握りゆっくりと上下させました。
こういう時の男は、笑ってしまうほど単純です。
不機嫌な気持ちはすぐに吹き飛び、佐々木さんの指の動きや、上下する顔を見て幸せを感じます。
2回目が終わり、2人とも少し眠ってしまったようです。ほぼ同時に目を覚ますとAM4:30でした。
「そろそろ、行かなきゃ・・・。子供が目を覚ます前に帰りたいわ」
「うん。そうだね・・・」
着替える途中、下着姿の佐々木さんが目に入った時、私に少しずついつもの違和感が戻ってくるのを感じてなんだか怖くなりました。
部屋を出て車を走らせると、空が少しずつ青く透明に近づいていくのを感じます。
「あのね、タトゥーのネコ、昔飼ってたネコなのよ。いつもはねイタズラばっかりしてやんちゃなネコだったのよ。エサもらう時以外は寄ってこないし。でもね私が悲しい時は必ずそばににいてくれたの。いつも救ってくれたのよ」
「そうなんだ・・・」
「私が高校2年の時、ある日急にいなくなったのよ。窓開けてても、玄関開けても絶対外に出なかったのによ」
「うん」
「どんなに探しても、張り紙したりしても見つからなかった」
「・・・」
「私、とっても不安だったのよ。もう悲しい時にそばにいてくれないと思って」
「うん」
「でね、大学に落ちた時に親に言えなくて。申し訳なくて悲しくて・・・」
「・・・」
「それで、家に帰れなくてね。そのままタトウーを彫ったのよ」
「そっか・・・」
佐々木さんの家の近くに着き、車を停めます。車を降りる時に、冷えた空気が車内に入り込んできました。
「じゃぁまた月曜日ね」
そう微笑んで家に向かう佐々木さんを見ながら、さっき言っていた言葉の意味を考えます。
「あのね、タトゥーを彫れば、いつ悲しくなっても大丈夫と思ってたけど違ったの。なにも変わらなかったのよ。きっとそのことわかってもらいたくて、いなくなったんだって気付いたわ」
私には佐々木さんが気付いたその意味はわからず、気付くこともできませんでした。
74話終了です。
今回はまぁ、そういう話だったので、とくにあとがきはありません。
地獄の闇金エピソードはこれからです。
まだまだ続きます。
75話↓
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