少しずつ訪れる冬の季節が無意識の内に危機感を増幅させていました。しかしその術は今のところありません。
※この物語は半分フィクションですが出てくるエピソードは実際に体験したことです。
いやほとんど実話です。
名前や団体名、組織名等は仮名になってます。
読んでいて気分を害したりする場合がありますのでその辺をご了承の上ご覧下さい。
デキる男
少し寝坊をしてしまい、ギリギリで出社します。すぐに営業の準備を済ませ会社をでました。
ひんやりとした空気の中でも日差しは少し柔らかく感じました。道路の端に集まった枯葉は、もう少しで冬が来ることを感じさせます。
車のエンジンをかけ、今日訪問する会社を改めてチェックします。最近は思っっている通りに営業は進んでいませんでした。
営業は数字を上げ続けなければいけません。しかし最近はクレーム処理だったり、闇金に行ったりなど、十分に営業に時間をかけられていません。獲得につながるような案件なども見つからずにいました。
そんな自分に焦りを感じてきます。「デキる男」を演じていたい私は、その元になる材料がなくなってきて不安定さをまともに感じてそれが焦りにつながっていました。
「よしっ!気合いれていくぞ!!」
意気込んで会社を訪問しても、手ごたえがあるような取引先はありません。
昼近くになり、早めの昼食を取ろうと、いつもの牛丼屋に入ります。財布の中には約2万円。財布に万札が入っている安心感で無意識に玉子と味噌汁をつけていました。
午後からも改めて気合を入れなおし、営業を回りますが午前と同じく手ごたえのある取引先は一軒もありませんでした。
焦りと同時に脱力感が湧き上がってきます。このままで行くと今月は数字を上げられないかもしれません。
そうすれば、会社での評価も少しずつ悪くなっていくでしょう。そんな自分を想像し我慢が出来なくなってきています。
今まで数字が上がらなかったことはありませんでした。それは私が特別な才能があったわけではなく、地道に営業を行っていただけです。
飛び込み営業にしてもルート営業にしても、数字を上げるのは地道な積み重ねとほんの少しの運になります。
闇金に手をだしてから気付かない内にそれが少しずつ出来なくなっていました。
それが現在の結果です。
私はそれに気付かず、不必要なプレッシャーを感じ、そして次第に脱力感に飲み込まれていきました。
午後の営業が終わり会社に戻ると。剣崎課長とすれ違います。
「あ、あべ君、今月はどうかね?」
「ま、まぁ大丈夫です。一件、獲得できそうな会社があるのでどう詰めようか考えています」
「おぉ!そうかそうか。よろしく頼むよ」
「はい!」
本当は、獲得できそうな会社などありません。
しかし会社では私は「デキる男」です。必死にウソの自分を演じていました。
会社を出て、すぐにスーパーに寄ります。まだ、弁当が半額になる時間には少し早いですが、かまわず30%引きの弁当を手に取りそのままレジに向います。
そのまま駐車場で食事を済ますと憂鬱な気分がまた襲ってきました。
今日はバイトの日です。また、あの臭いに耐え、関口の人間性に耐えなければいけません。
全てを拒否するような気持ちを抑え、車を走らせバイトに向かいました。
すれ違うヘッドライトがやけに眩しく感じます
バイト先に着くと、いつものように関口が先に準備をしていました。事務所に入り先週分の給料を受け取り現金を財布にしまいます。
この時、少しだけ報われた気がして充実感を感じました。
「おはようございます」
「おう」
「なんか新しいとこ一件、増えたってよ」
「え、マジっすか・・・」
「あぁ。でも小さなそば屋みたいだからたいしたことねぇべ」
「はい・・・」
仕事が始まると、相変わらず関口は淡々と仕事をこなして行きます。移動中は相変わらず私を見下したような話し方をし、話題は、風俗やマニアックなAVの話ばかりでゲンナリしてしまいますが、仕事になると人が変わったようにきっちりとこなしていきます。
正直、関口のことが嫌いな気持ちに変わりはありませんでしたが、仕事のスピードや正確さなど、少し尊敬してしまいました。
不覚にもこいつは「デキる男」なのかもしれないと思ってしまいます。
「なぁ」
「はい」
「この前見たビデオが面白くてよぉ」
「・・・」
「なんかよ、昔イジメられてたって女がよ、過去から抜け出したいって話でよ」
「はい・・・」
AVの話じゃないのか・・・?と思います。
「そしたらよ、生まれ変わるには、みんなの前でウ○コするしかないってなってな」
「・・・」
「ステージの上で観客の前で一生懸命、ふんばるのよ」
「それが最高でな、観客とか”ガンバレー”とか”もう少しで出るよっ!”とか応援されてんのよ。ガッハッハ!!」
「・・・」
一瞬でも尊敬の念を持ったことを後悔しました。
こいつはきっと「デキる男」ではありません。
自滅への歩み
バイトが終わり、いつもの通り朝風呂の時間まで仮眠を取ろうと健康ランドの駐車場に車を入れます。
まだ、空は明るくなっておらずネイビーブルーの空が広がっていました。夜と朝の冷え込みが厳しくなってきたのを感じて、危機感を感じます。
本当にどうにかしないと、冬は越せない気がしてきました。
携帯電話のアラームをセットして後部座席に横になりました。車のヒーターは入れていましたが後部座席はまだ少しだけ冷たいままです。
風呂に入り、出てくると少しだけ気分が晴れてきましたが、バイトの疲れとその前の日も睡眠時間が短いのもあり、疲労感でいっぱいでした。
「ギリギリまで寝ようか・・・」
疲労感は感じていましたが、不快感は感じません。そのおかげで危機感を感じずに済んでいます。
私は改めてアラームをセットすると、10秒もしない内にまた、眠りに入りました。
アラームの音で目が覚め、時計を見ると驚きの時間が目に入ります。会社の始業時間の10分前でした。
「や、ヤバッ!」
急いで飛び起き、運転席に座ります。すぐに携帯電話を開き会社に電話をしました。
「ありがとうございます。○○コーポレーション、佐々木です」
遅刻する言い訳を考えながら、電話をすると出たのは佐々木さんでした。佐々木さんで良かったという気持ちと、寝坊して遅刻をするカッコ悪い自分を知られたくないという気持ちが交差して複雑な気分になりました。
「あ、おはよう。あべです」
「あ、おはようございます、あべさん。」
「車のタイヤ、エアー抜けてるみたいで、パンクではないと思うんだけどガソリンスタンド寄ってからいくから15分くらい遅刻するって剣崎課長に報告お願いできる?」
「了解しまししたよ。気をつけて下さいね」
「うん、ありがとう」
我ながら良いウソがつけました。車のアクシデントで15分位の遅刻であれば、私への評価は変わらないでしょう。佐々木さんも私のウソを信じています。
私は急いでダッシュボードの中からジェルを取り出し、ペットボトルに残るわずかな水を頭に被り寝グセを直しクルマをスタートさせました。
ルームミラーに写る、自分の顔を見て誰が見ても寝起きの顔だとすぐにばれるような顔なのが気になりましたが、会社に着くころにはいつもの顔に戻っていることでしょう。
会社に着き、タイムカードを押すとすぐに剣崎課長のところに行きます。
社会人としてすぐに上司に報告、というよりもできるだけ佐々木さんに顔を見られたくないからでした。
剣崎課長に報告を済まし、営業の準備をせずに会社を飛び出します。今日訪問するルートや準備も車の中で済まそうと思いました。
車に乗った瞬間、一息つきます。なんだか緊張感がなくなり体がだるく感じます。
一通り、ルートを決めた後、一件目の会社に向かいます。なんだか昨日のように気合がはいらずヤル気が全く沸いてきません。
しかし、数字を出さなくてはいけないという焦りの気持ちは残っていて、焦りはするけどヤル気が出ないという相反する気持ちがとても不快でした。
たいした手ごたえも感じず、昼になりとりあえず昼食にしようとコンビニに入ります。弁当を買う前に雑誌並んでいる場所に行き、パチンコ・パチスロ雑誌をめくると少しだけ気分が晴れました。
パチンコ・パチスロのことを考えると、不快な気持ちがスーッと消えていきます。気がつくと弁当だけではなくその雑誌をレジにおいていました。
そのまま、近くの公園に行き、路肩に車を停めて弁当をレジ袋から取り出し雑誌をめくりながら食べます。
期待するような目新しい情報はありませんでしたが、機種の確率やライターの実践記事を読んでいると、不快な気持ちはなくなり、ワクワク感が体を支配ました。
気がつくと1時間以上、雑誌に釘付けになっています。しょうがなく雑誌を後部座席に放り投げ車を発進させましたが、頭の中は、パチンコ・パチスロのことでいっぱいになっていました。
午後の営業が終わり会社に戻ると、終了業務をすぐに終わらせ、他の営業の誰よりも早くタイムカードを押し、会社を出ます。
すぐに車に乗り込み車を走らせました。
車のCDから流れる布袋のギターは、大きなビートを奏でています。
着いた場所はネオンが光るいつもの場所。
頭の中には、これからの生活のことや、闇金の支払いのことなど不安の要素が一切ありません。
佐々木さんの包み込むような雰囲気も、攻撃本能を刺激する大きな胸もすっかりと抜けています。
そして、一昨日感じた自分の無力さも。
今、私を支配するのは、これから起こるはずのメダルを入れレバーを叩き、図柄が揃う瞬間の感覚だけです。
無意識の内に、地獄の苦しみに自ら歩みを進めている自分に気付きませんでした。
79話終了です。
パチンコ依存症・パチスロ依存症真っ只中の私にはいくつかの”状態”がありました。一つは支払いなどが足りなく、お金を増やす目的としてパチンコ・パチスロしか考えられなく時です。そしてもう一つは、とにかく「打ちたい」という状態です。
どちらにしても破滅ですが、私はそれに気づくことはできませんでした。依存症の怖さはそれらに気持ちや行動、考えを支配されることです。それに気付いてもそこから逃れることはできません。そして待っているのは苦しみや恐怖、絶望感といったネガティブな事柄でした。
まだまだ続きます。
80話↓
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