遠くに見える悪魔から何とか逃れるためにたどり着いた場所。しかし、もう逃れることはできません。きっと女神が微笑むことを期待して入り口に近づくと、そこに見えるのは大きな口で微笑んでいる悪魔でした。
※この物語は半分フィクションですが出てくるエピソードは実際に体験したことです。
いやほとんど実話です。
名前や団体名、組織名等は仮名になってます。
読んでいて気分を害したりする場合がありますのでその辺をご了承の上ご覧下さい。
羽物
時間は19時30分。閉店まではまだ3時間ちょっとあります。ひと勝負するには十分な時間でしょう。
問題は軍資金。手元に残っているのは1万円ちょうどでした。つい不安な気持ちがよぎります。しかし勝つ時は低投資で勝負がつくものです。いつものように負ける想定はありません。
店内に入ってあたりを見回すと日曜日というのもあり、パチンコもパチスロもそこそこの客付です。
この時すでに、色々な不安や苦しみのことは頭から抜けていました。
軍資金が少ないのもあり、なにも考えずに甘デジのパチンコに座ります。データを見るとそこそこ出ている感じです。気になるのは現在300回ハマっていることでした。
連荘回数をみても、3回連続単発が続いています、
「そろそろ当たって、連荘もするだろう」
まるで根拠の無い理由でその台に座りました。
サンドに札が吸い込まれ、玉が上皿に流し込まれます。何も考えずにハンドルを握り、盤面を跳ねる銀色の玉を見つめていました。
感情は驚くほど起伏がなくフラットです。焦る気持ちもなければ、いつものように「早く当れっ」と興奮することはありません。
しかし、お金はどんどん飲み込まれています。このお金がなくなれば、また苦しい生活が待っているのに・・・です。
6千円目の玉が上皿に流れた時、少しだけ私の中にある恐怖感が顔をだします。
それを尻目に台は全く反応せず、当る気配を感じさせませんでした。
残りの資金が3千円になった時、それまで握り続けていたハンドルから手を離します。回転数を見ると450回を超えていました。
「なんだこれ・・・甘デジでこんなにハマるわけねぇだろ・・・」
私は一度、監視カメラの方を向き、睨みを聞かせて、頭の中でこういいます。
「いい加減にしろっ!くそ店長!!遠隔でしてんじゃねぇ!」
私はそのまま監視カメラを睨みながら、席を立ちました。
パチンコの島を歩きながら、残り3千円で打てそうな台を探します。このまま撤退という考えは浮かんできません。
そして選んだのは羽物でした。
残金が少ないというのもありましたし、羽物は遠隔が無いだろうという、これもワケがわからない根拠です。
打ち始めると、よく開きますし羽根にもよくのります。投資千円で当りました。
玉がVゾーンに入った後の、ラウンド抽選です。
「よ、よしっ!15ラウンド来いっ!」
3ラウンドでした。
「まじかよっ・・・」
しかし大当たりが終わった後でも、チャッカーには良く入り、羽根にもよくのるのは変わりません。3ラウンドの少ない出玉ですが、持ち玉で再び大当たりすることができました。
「次こそっ!次こそ15ラウンドっ!」
「・・・」
3ラウンドです。
私は、大当たりした興奮よりも怒りの感情が増しています。
「ウソだろ・・・」
あっという間の大当たりラウンドが終わりました。
先ほどよりは少し出玉が増えたとはいえ、心許ない数の玉をドル箱に移します。
気が付くと上皿の玉が無くなり、ドル箱の玉を全て上皿に移しました。これがなくなると追加投資です。
台に先ほどのような勢いを感じなくなります。玉は残り僅かです。
そして気持ちの中では追加投資しようとしたその瞬間、2チャッカーに入ります。
2回開いた羽根に玉が吸い込まれていきました。
「よしゃっ!こい!!」
僅か1秒の間に私の頭の中に何かが放出され、言葉では言い表せない感覚に体中が支配されます。
役物の中に踊る銀色の玉が、スローモーションに見えました。
その玉が向かった先は・・・。
綺麗にVゾーンに吸い込まれていきました。
「おらぁ来たぁーッ!次こそは頼むっ15っ!」
3ラウンドです・・・。
「マジかよっ。羽物でも遠隔かよっ!」
出玉は一向に増えません。しかしチャッカーには良く入り、羽は良く拾うので出玉を大きく減らすことはありませんでした。
そして、待望の時が訪れます。
15ラウンド。
この時、手のひらに汗をびっしりかくほど興奮を覚えました。
「よしっここから!」
しかし思い空しく、ここからは台が変わったんじゃないかというくらい、チャッカーに入らなくなります。
ドル箱の半分くらいあった出玉も後は、上皿に乗っているだけになりました。
先ほどの興奮がウソのように虚無感に変わります。
最後の1玉が、チャッカーに入りましたが、開いた羽根に乗る玉はありません。空しく盤面を見つめていると後ろから声をかけられました。
「お客様、閉店です」
私はゆっくりと席を立ち、カウンターに並ぶ人を横目に店を出て駐車場を歩いていました。
雪
冷え切った車内の中、エンジンキーを回します。
頭の中はカラッポでした。
「もう、パチンコはヤメよう・・・」
それしか頭に浮かんできません。
まだエアコンの吹き出し口から吹く風が、冷たい内にアクセルを踏みます。
行く当ても無く走っているとお腹が鳴ってきました。
ワケもなく空腹になる自分が腹立たしく感じます。
とりあえずいつもの牛丼屋に向かうことにしました。
2千円残ったのは、不幸中の幸いかもしれません。
「牛丼、並、つゆだく・・・」
味噌汁と玉子、サラダをつける精神的な余裕もお金もないのです。
空腹を満たすだけで精一杯でした。
牛丼屋を出て、いつもの公園の駐車場に車を停めます。
すぐにトランクを開け毛布を取り出しました。
車内が暖まってくると眠気と同時に、恐怖が全身を包み込みます。
明後日、水曜日は闇金の支払日です。元金5万円の利息が2万5千円。合計7万5千円になります。
当然、払えるお金はありません。
明日バイト代が入るにしても、1万5千ですのでジャンプするにしても1万円足りない状態でした。
この現状に改めて恐怖します。そしてさらに翌日には、もう1件の闇金の支払い日です。
どう考えても無理な状態になっています。
「ダメだ・・・詰んだ・・・」
何をどう考えてもお金の出所がありません。
支払い「不可」。終了の二文字が頭の中をグルグル回っています。
私は毛布にくるまりながら、考えるのをやめにしました。
そして、恐怖と苦しみに支配されながらゆっくりと眠りに入っていきます。
抵抗する力は1ミリも残っていない気がして目をつぶると生きている実感がわきませんでした。
朝、目が覚めると空気の乾燥で喉が痛むのがとても不快です。
少しだけ残っていたペットボトルの水を飲み干すと「ふう」と自然にため息が出てきます。
起きてすぐに闇金の支払いが頭に浮かんできました。
「マジで支払いどうしよう・・・」
頭の中でつぶやきます。
しかし状況が変わるわけではありません。
すると、私の中にある全てが「恐怖」に支配されます。
髪の毛も腕も、細胞も全て・・・。
なんだか自分が自分じゃない気がしました。
無意識の内に携帯電話を開きます。連絡先を開き、振込みで貸してくれる闇金「リッチファイナンス」で指が止まりました。
しかし、さすがの私も躊躇します。
これ以上の闇金の借金は、さすがにマズイと思ったのです。
いったん、携帯電話を閉じて冷静になろうと努力しました。
しかし冷静になればなるほど闇金の恐怖は膨大になって私を締め付けます。
私の思考回路はいったんここでストップしました。
もう術がないと思ったのです。
闇金にさらわれるかもしれない。
噂に聞く、マグロ漁船・・・。強制労働・・・。
何よりも、闇金の男が私を恫喝するところをイメージしてさらに恐怖を大きくしました。
とりあえず会社に向い、営業の準備など、何もせずに会社をでます。
今月の成績や”デキる男”を演じることなど、どうでもよくなっていました。
車を走らせますが、営業にいく気になれません。
闇金の恐怖が気になりそれどころではありませんでした。
とりあえず、スーパーの駐車場に車を停めます。
車を停めてからも、恐怖に支配されている状況は変わりません。
どうにかして、支払いができる状況にするしかありませんでした。
最低でも、明日ジャンプする2万5千円。
そしてその翌日にジャンプする1万5千円の計4万円を確実に手にするしか、楽になれる方法はありません。
とにかく苦しくてたまりませんでした。闇金の恐怖や苦しみは絶大です。
今まではとりあえずのところ支払うことが出来ていたため、いつのまにかこの状態を忘れていました。
しかし、いざ追い込まれてしまうと隠れていた恐怖は一気に顔を見せるのです。
一番最初に闇金に手を出した時、返せなくて「でん助」に返済するお金を借りて何とか逃れた時に感じた恐怖が、何倍にもなってよみがえってきました。
「でん助・・・」
気が付くと携帯電話を開き、でん助にダイヤルしていました。
正直、期待はできません。そんなにお金をもっているわけでもないのはわかっています。
また、前回のこともあり気が引けていました。
でも、そんなことは言っていられません。わずかな希望を胸に発信ボタンを押します。
しかし。携帯電話の向こうからは非情の音声。
”お客様のおかけになった電話は現在使われておりません・・・”
でんすけは携帯を変えたようです。
そして、新しい番号は私には伝えていないということになります。
色々な思いが交錯します。私の絶望はさらに大きく膨らんで気力を奪っていきました。
「でん助・・・マジか・・・」
なんだかもう助からない気がします。強く孤独を感じました。
窓の外を見ると、重たいどんよりとした雲が空全体を覆っています。衿を立てて歩く人を見て冷たい風が吹いているのを感じました。
カラッポの頭の中に、小さく感じるなんともいえない感情が、ざわざわと騒ぎだします。
「こんなのはイヤだ・・・助かりたい・・・」
携帯電話を強く握り締めながら、自然と頬に涙がつたってくるのがわかりました。
無意識の内にボタンを押し、携帯電話を耳にあてます。
「はい、リッチファイナンス」
ちらちらと、白くふわっとした粒が窓にあたると一瞬のうちに溶けてそれが水滴に変わります。
今の生活を維持できなくなるまでの時間は、もう目の前でした。
85話終了です。
借金に借金を重ねる。いわゆる「自転車操業状態」ですが、これが”闇金”ともなるとさらに威力絶大です。あっという間に立ち行かなくなるでしょう。
この時の私はさらに地獄の奥へと自ら、歩みを進めていました。
まだまだ続きます。
86話↓
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