究極に追い込まれた状況の中、耐え切れなくなった私は全てを受け入れようとしていました。死線を越えるような気持ちの中、後悔の念がこれでもかと押し寄せてきます。
しかしその時、携帯電話のランプが光り、着信音が鳴り響きました。
※この物語は半分フィクションですが出てくるエピソードは実際に体験したことです。
いやほとんど実話です。
名前や団体名、組織名等は仮名になってます。
読んでいて気分を害したりする場合がありますのでその辺をご了承の上ご覧下さい。
再会
静寂の空気の部屋で鳴り響く着信音。
急いで携帯電話を開くと、そこにはミィの電話番号が表示されています。
「もしもし。まさくん、着いたわよ」
「あ、ありがとう。ちょ、ちょっとまって!」
音が聞こえないように、話口を押さえ男を見ます。
「あ、あの・・・着いたみたいですので、お金、と、取ってきます・・・」
「だめだ」
「!?えっ・・・」
「上がってこさせろ」
「は、はい・・・」
電話口のミィに話しかけます。
「ミ、ミィ・・ゴメン。悪いがこっちまで上がってきてくれないか?801号室だ・・・」
「イヤよ。まさくん降りてきてよ」
不穏な雰囲気を感じ取ったかもしれません。
ミィは、部屋まで持ってくることを拒んできました。
「い、いや・・・ミィ頼む!降りていけない事情があるんだ!」
「もぉ!いい加減にしてよっ!!私、帰るわよっ」
ミィは明らかにイライラしていました。
いったい何が起きているのか”わからない”という状況は、人をイラつかせます。
「待て、待て!落ち着けよ。お金渡したら帰れるんだ。な?頼むよミィ・・・」
私は必死でした。
せっかくここまできているのに帰すわけにはいきません。
あきらかに先ほどまでとは違う口調でしたが、演技をしている余裕がありませんでした。
とにかく、お金さえ支払えばここを抜け出せるのです。
「なに言ってるのよっ!私、絶対にイヤだわ」
「何でだよっ!オレも降りていけない事情があるんだよ!わかってくれよ!」
私もイライラしてつい怒った口調になってしまいます。
ここを脱出、できるまで、後、少しなのです。
やっとこの苦しみから解放される寸前で、それを拒んでくるミィのことにイラついてしまいました。
当然ですが、これはお門違いです。
ミィは悪くありません。
何だかわからないけど身の危険を感じたのでしょう。
ここまで来たくないと言うのは、当然の判断といえます。
私にはそんな彼女の心情を汲み取ってあげる余裕などありませんでした。
必死にこちらまで来るよう説得します。
しばらくやり取りは続きました。
「なぁ、頼むよ・・・」
「いやよ!」
「どうしてだよ!」
「なんかいやよっ!」
闇金の男は気がつくとソファに座って、こちらを睨んでいます。
私はおかまいなく、彼女を説得させることに集中していました。
そしてついに彼女は、あきらめた口調でこう告げました。
「わかったわよ・・・どうすれば、いいの・・・?」
私は彼女の気が変わらないように出来るだけ冷静な口調になるように配慮しました。
「あ、うん。すまない。エントランスにインターフォンがあるから801と押して!」
「うん。わかった・・・」
一度、電話を切り闇金の男に視線を移します。
相変わらず、威嚇するようなもの凄いオーラを放っていましたが、先ほどよりも怖くはありませんでした。
後もう少し、後もう少しでここから解放されるのです。
「あ、あの・・・今、上がってくるそうです」
「・・・・」
男は何も話さずに、鋭い眼光でこちらを見つめるだけです。
少しするとインターフォンが鳴ります。
白黒の小さなモニターには、久しぶりに見るミィが映っていました。
男がロックを解除し、また少し待つとインターフォンが鳴ります。
”玄関のドアの向こうにはミィがいる”
そう思うと、一気に安心感が体に戻ってきます。
地獄の淵から生還できた気がして気分は悪くありませんでした。
男は、たちが上がり玄関に向かいます。
私は視線でそれを追うことしか出来ません。
影
闇金の男が玄関の鍵を開けドアを開ける音がします。
少しずつ冷静さを取り戻していた私は、ミィにどんな顔をすれば良いか困っていました。
戻ってきた男の後ろにミィの姿が見えます。
「ご、ごめんな・・・」
「うん・・・」
彼女の顔を見ると少し青ざめてうつむいています。
きっと男の龍の刺青を見て、普通じゃない状況を改めて感じたのでしょう。
その顔には明らかに後悔の念が見て取れました。
私に関わったことを、悔やんだかもしれません。
「と、とりあえずゴメン。お金・・・」
彼女は何も言わず、バックから財布を取り出し、1万円札を1枚と千円札5枚を私に差し出しました。
それを受け取り闇金の男に渡します。
「あ、あの、これ・・・・」
男はミィから差し出されたばかりのお金を、受け取りすぐに数え始めました。
「確かに。じゃぁまた10日後」
「はい・・・」
とりあえずの地獄はこれで抜け出すことができました。
全身から緊張がなくなり、上手く力がはいりません。
「あの・・・」
「なんだ?」
「帰ってもよろしいでしょうか?」
「ああ。かまわんよ」
私はコートを羽織りミィに視線を移しました。
ミィはこちらを見ずに、視線をそらしています。
「ミィ行こう・・・」
「・・・」
玄関に向かう前、改めて男をに会釈します。
「すいませんでした。お邪魔しました」
「次は遅れるなよ」
「はい・・・」
この時は、次の支払いのことは考える事ができませんでした。
とりあえず、この危機を脱出できたことにホッとするだけです。
ドアを開け、エレベーターに乗り込みます。
ミィのほうから口を開くことはありませんでした。
車に乗り込み、エンジンをかけるとすぐに車を発進させます。
「ミィ・・・。迷惑かけてゴメン・・・」
「・・・」
ミィは相変わらず一言も言葉を発しません。
「なぁ、ミィ、ゴメンて」
「・・・」
「い、いや、しょうがなかったんだよ。迷惑かけるつもりはなかったんだよ!」
「・・・」
「たまたま、あの時連絡とれたのがミィだけだったんだ。でも、マジでありがとう・・・っていうか、ミィのメールがなかったら、オレ死んでたかもしれん」
「・・・」
こちらがどんなに話をしても、ミィは口を開くことはありません。
何も言ってくれないミィに少しだけイラついてきました。
「なぁっ!ミィ、何とか言ってくれよ!無視すんなよ!」
私はつい声を荒げてしまいます。
「何よ・・・。無視してないわよ」
弱々しい声でやっと返事をしてくれました。
「だって、なにも言ってくれないから!わかんねぇじゃんっ!」
「何、キレてるのよ。何で私が怒られなきゃいけないのよ。怒りたいのはこっちのほうよ・・・」
そう言われて、少し冷静さを取り戻します。考えてみれば当然です。勝手に別れを告げられ、久しぶりの連絡は、「お金を貸してほしい」。
そして、再開した時には龍の刺青がある男の部屋で正座されられているのです。
状況がわからない彼女にとっては恐怖しかないでしょう。
「す、スマン・・・」
私はこの空気感がとてもイヤでしたが、我慢するしかありませんでした。
まずは、彼女のケアを考えるのが当然です。
そのためには、何か「理由」が必要になります。
このような状況になっても仕方がなかったという、建前です。
私の身勝手には、変わりありませんが何か正当な理由が必要だと思いました。
パチンコで負けて支払いが出来ずに、部屋を追い出され、それでもパチンコ・パチスロを止められず、今度は闇金に手をだし、またパチスロで負けて、支払いが出来ずに追い込みをかけられているなんて、理由が理不尽すぎます。
私は本当のことは言えないと思いました。
それが、彼女の為だと思ったのです。
いや、本当のことを言えば自分のことを正当化したいだけでした・・・。
この期に及んで、自分と向き合うことが出来ずにいます。
彼女が本当の私に気付いたら、とても傷つくでしょう。
おそらく彼女の好きな”まさくん”は本当のまさくんではないのです。
私はどんな時も、彼女の前では虚構の自分を演じようとしました。
それは彼女のためではありません。
彼女の事を思っているフリをして、なんとかウソの自分を保とうとしていました。
頭をフル回転させてウソを組み立てていきます。
今回のようになったのは、仕事でミスをしそれを補填するために、しょうがなく闇金からお金を借りたことにしようと考えます。
大筋のストーリーをある程度、組み立てました。
ウソをつくことには、慣れているのです。
細かい部分は、話しながら作り上げれば何とかなるでしょう。
帰り道の途中にある、24時間営業のファミレスの駐車場に車を停めます。
「今日はホントにゴメン」
「・・・」
「実は仕事で・・・」
「ねぇ、まさくん」
私のウソを遮るようにミィが問いかけてきました。想定外の展開に少々焦ってしまいます。
「う、うん!?」
「なんで、引っ越したこと言ってくれないのよ。私から逃げたかったの?別に大丈夫よ、私は・・・」
「っ!いや、ち、違うんだ。引っ越したわけじゃないんだよ」
「どうゆうこと?だって、あの部屋にまさくん住んでいないじゃない・・・」
「・・・うん」
意外な話の展開に、脳がついて来れなくなりそうです。
当然、ミィは今回のお金のことを聞いてくると思っていましたし、これを解決してあげるのが先だと思っていました。
しかし、ミィにとってはそんなことよりも、離れていた時間を埋めることの方が大切だったのです。
私はそれに気付いてあげることは出来ませんでした。
彼女を見ると全身から悲しみがあふれています。
なぜ、悲しんでいるのか理解できませんでした。
そして、さらにパチンコ依存症・パチスロ依存症が進んでいくことになります。
92話終了です。
久日ぶりにミィに再会した時のことは、今でもしっかりと心に刻まれています。
この時はそれほど考えていませんでしたが、私の勝手な考えで大きく彼女を傷つけてしまいました。そしてこの後、もっと深く傷つけてしまいます。
それは、私に影のような跡を残すことになりました。
私はその影から、未だに自由になることが出来ません。
おそらく、一生、自由になれることはないでしょう。
もう少し続きます。
93話↓
ランキング参加中です!クリックだけで応援できますので宜しくお願いします。
↓ ↓
にほんブログ村